『初めまして、王子様ー。ファイ・D・フローライトです。』 初めて出会ったあの日、流れる金の輝きに目を奪われたのを覚えている。 『美しい人でしたね、父上。』 その夜、素直な感想を口にした自分に、 『ああ、ファイのことか?そうだな。私も初めて見た時は見惚れたものだ。』 しかし父王は、苦しげに顔を歪めた。 『だかな・・・あれを愛してはいけないよ。』 『え・・・?』 ファイの歴史の授業を半分上の空で聞いていると、不意にそんな昔のことを思い出した。 あれはどういう意味だったのだろう。命令だったのか忠告だったのか。 理由も話さずただ理不尽に、感情を禁ずる言葉にどうしても従う理由が見いだせなくて。 そもそも、そんな言葉で感情を押さえ込むのは無理な話で。 この美しい魔術師を、愛さない者など、きっとこの世に居るはずがなくて。 開けてはいけないと言われた箱は、開けたくなるのが古来よりの人の性。 試すように、挑むように。想いを伝えたのは、授業中の気まぐれと、理不尽な言葉への反抗。 「好きだ。」 「・・・・・・は?」 「お前が好きだ。」 「・・・・」 驚いたように見開かれた瞳がゆっくりと瞬かれて、その瞬きの間に、驚愕は悲哀の色に変わる。 「ファイ・・・?」 何かとても悪いことをしてしまった気がして、胸がざわつく。 初めてあった日、見とれた金の髪の奥で、それ以上に目を引いた色を思い出した。 あの日も、似たざわめきを覚えたけれど、決定的に違うのは、今日はその悲しみの理由を作ったのは確実に自分だという確信。 でも、好きだと言っただけなのに。何が、いけなかったのだろう。 しかしファイは、次の瞬間には、いつもの笑顔を悲哀の上に貼り付けた。 「ありがとうございます、殿下ー。でも、そういうお戯れは、授業の後にしてくださいねー。」 かわそうとした。 贈られた言葉も浮かべた悲しみも笑顔で流して、何も聞かなかったかのような振りをして。 そして暗に、今のうちに退けと。 彼の深層にある、本当に開けてはならない箱の蓋に触れる前に。 「・・・・・・・戯れではない!」 思わず声を荒げた。 退けといわれて退けるわけがない。 後悔をも掻き消したのは子供っぽい対抗心でも。 「戯れではない!僕はお前が好きだ!」 「殿下、」 今度は聞き分けのない子供を諭す母親のような顔で、心に微塵も響かない理屈を述べる。 「殿下は将来この国の王となる尊いお方です。相応の姫君を娶ってお世継ぎをお作りにならなければなりません。オレじゃ無理でしょう?」 「子をなせないからという意味か。」 「それが王様の役目の1つですから。」 「愛などなくても子はなせる。」 「そんな悲しい事仰ったら、未来のお妃様に失礼でしょー。」 「ファイ!」 「駄目です、殿下。お気持ちは嬉しいですが、応えられません。」 「誤魔化すな!!」 ファイの睫が揺れた。貼り付けられた笑顔は崩さないまま。 「何も・・・誤魔化してなど。」 「そんな建前はいらない。応えられないというのなら、お前の気持ちを聞かせろ。」 さっきからずっと、未来の王という立場だけを理由に、二人の話なのにファイからは遠い場所で。 「子ども扱いするな。」 開けてはならない箱は、自分の責任で開ける。何が出てきても、受け止める覚悟はあるのに。 「・・・・・・子供じゃないですか・・・」 こちらが熱くなればなるほど、ファイの声は冷める。いつしか、笑顔も消えていた。 「殿下は・・・オレから見れば・・・ずっと子供ですよ・・・」 「・・・だから、僕では相手にならないか。」 「・・・・・・すいません。」 消えた笑顔の意味は判らなかったけれど、きっとその言葉も嘘なのだろうと思った。 冷たい声に反して、笑顔の代わりに戻ってきた悲哀が、双眸から零れ落ちそうで。 そんなファイが、哀しくなった。 |
「・・・ファイ・・・キスしてくれ。」 その言葉は、確かに終わらせようと思って口にしたのだ。ファイがそんなに苦しいのなら、この話はここで終わらせようと。 「・・・・・・殿下・・・」 この程度のことで声を震わせるなんて彼らしくない。好きだといわれて、何をここまで悲しむ必要があるのか。 出来るだけ優しく、ねだるというより諭すように求める。 「いつも寝る前にするだろう?子供にするキスを、子供にするだけだ。」 「・・・・・・」 ファイが立ち上がって身を乗り出す。形の良い指が前髪をかきあげて、額にそっと唇が触れた。 視界の端で、ゆるく縛った金の髪がファイの肩から零れ落ちた。 その輝きに目を奪われて、自分の中に見つけたのは、確かいつかも抱いた、子供じみた独占欲。 唇が、離れる。 焦りに似た何かを覚えて、垂れ下がった金の髪を、掴んで引いた。 「っ・・・!」 ぶつかるように唇が重なる。 近すぎてぼやけた視界の中で蒼が広がる。 咄嗟の行動に驚いているのは自分も同じだ。けれど、こうなってしまった以上、掴んだ髪と重ねた唇を離すことが恐れられて。 急かされる様にさらに強く引いた。 「んっ・・・」 強引に舌を割りいれれば、苦しげな声が漏れて蒼が隠れた。 ファイの唇が震えていても、行為だけ見れば恋人同士が交わすキスには違いない。 酔いたくて自分も目を閉じた。 次の瞬間。 |
ぶつり、と。 掴んだ髪から奇妙な感触が伝わって、途端に唇が離れた。 けれど拘束していた髪はまだそのまま手の中に在って、驚いて目を開く。 口元を押さえて、ファイが立ち尽くしていた。 まだ何が起きたのか、自分が何をしたのか、彼自身も分からないように。 けれど、彼の指先にまだ消えない呪文の後と、そういえば頬に感じた気がする風。 今のはファイの魔法だ。かまいたちのような鋭い風が、ファイの意志に従って、その美しい金糸の束を、切断した。 |
そう理解しても、不揃いに、けれどほぼ肩ほどの長さになってしまった彼の髪と、まだ自分の手の中にあるそれが信じられずに。 「ファ・・・イ・・・」 何をしようとしたわけではない。ただ呆然と立ち上がる、その動作に、ファイが大きく後退って、彼の椅子が倒れた。 「っ・・・」 大きな音に振り返った拍子に、いつもより青ざめて見える頬に涙が伝った。 「ファ・・・」 「来ないで下さいっ・・・!」 伸ばそうとした手を、これまで聞いたことのない、悲鳴にも似た鋭い声で拒まれる。驚いて手を引くと、ファイもはっと息を呑んだ。 「あ・・・す・・・すいません・・・」 指先が震えている。 怯えているのだ。子供が無我夢中で仕掛けたに過ぎないあの程度の不慣れなキスに。 「ファイ・・・?」 呟いた声にびくりと震えて、ファイはばっと身を翻した。そしてそのまま部屋を飛び出す。 「ファイ!」 呼び止めた声に応えたのは、勢いよく扉が閉まる音だった。 |
手の中に残る髪に視線を落とす。 ファイから切り離されたそれは、途端に輝きを失くして見えた。 翌日、ファイは体調不良を理由に授業を休んで。 その次の日、見知らぬ少女を連れて現れた。 「殿下も同年代のお友達が居たほうが良いかと思ってー。生まれたばかりなので知能がちょっと低いですけど、話し相手くらいは務められると思います。」 「はじめまして、王子様。チィです。」 少女は人間ではなく、ファイが作った魔法生物。象牙色の髪の間から獣の耳が覗いている。その髪はファイが失くしたより遥かに長く、彼女が宙に浮いていなければ床に着くのではないかというほどの長さで。おそらくそれは、自分が過去に何度も、ファイの長く美しい髪を褒めたことを意識してのもので。チィが少女の姿をしているのも、何か込められた意味があるのだろうけれど。 それでも自分は、長さを揃えたために、最後に見たときよりさらに短くなった金の髪に惹かれる。 肩にも届かない長さの髪に手を伸ばす。ファイは体を強張らせたけれど、指で梳いた髪は彼が後退さるより早く、その柔らかい感触を楽しむ間もなく途切れる。 「・・・・・・ファイ、」 「は、い・・・」 声に緊張がにじむ。今までのように笑ってはくれない。 開けてはいけない箱は自分の責任で開けると、偉そうに心に決めたはずなのに。蓋に触れただけで失くした物の大きさに尻込みする。長年思い続けた、美しい髪と彼の笑顔。 本当に蓋を開ければ、今度は何を失うのだろう。あるいは、何かを手に入れられるのだろうか。 かすかな期待は前者への恐怖に押しつぶされて。 「・・・悪かった・・・もうしない・・・。だから・・・また伸ばしてくれないか・・・」 結局、箱など見なかったことにして、それをまた悲しみの淵に沈める。 「・・・はい。」 ファイはほっと安堵の表情を浮かべて。 けれど取り戻した笑顔と裏腹に、瞳に悲哀の色を湛えた。 fin. ちゅーひとつでえらい必死です殿下。まあ若いうちは余裕なんてなくていいんです。彼成長しても余裕ありませんけど。たぶん自分ではあると思ってるんですけど。痛いなーキング!大好き!(歪) 雪のカケラは黒ファイちゅー絵ないのにアシュファイは2枚あるらしいですよ。うち一枚は上の王子。 ・・・・・・素敵なサイトですよね・・(遠い目) さあ、せっかく伸ばしたから髪の毛切るぞー!と書き出したら思いもよらずチィ誕生秘話に。別にファイさんは彼女と王子を恋愛させるつもりはなくて、ちょっとは女の子に興味もてやーみたいな(あなたの顔が女の子なのが悪いよ) これでファイさん、髪の毛は原作どおりの長さになりました。老化のスピードと同じで髪の伸長速度も遅くて、殿下がおじいちゃんになるまで元には戻らないんじゃないかと思ってます。ファイ様が髪切っちゃったショックで、国全体がものすごい勢いで凹んだ違いない。 でもどこまでも長いのも綺麗ですけど、中途半端に長いのも可愛いですね。ファイさんは何やっても可愛いですね。 ところで王子、「もうしない」宣言でこの先の発展の可能性が一気に消えましたが・・・。頑張れ、王子!! BACK |