「へ?ごめん、もう一回ー。」
あまりにも馬鹿馬鹿しい内容をとっさに理解できずに、ファイは侍女さんに聞き返した。侍女さんは困った顔で同じ内容を繰り返す。
「はい、殿下が、ファイ様でなければ洗わせないとおっしゃって、湯船から出て来て下さらないのでございます。」
「・・・・・・なんでまた急にー。」
「さあ、私共にもさっぱり・・・。」
「んー・・・。分かった、すぐ行くよー。」
ファイは仕方なく読んでいた本を閉じた。
 
 
王族なんてのは身の回りの世話を何から何までお付の者がしてくれる。お風呂に入れば体を洗って差し上げるのは侍女さんの役目。それをどうしてまた今日は自分をご指名なのだろう。教育係の職務にお風呂のお世話は入っていないのだが。
(女の子に洗われるのは恥ずかしい年頃になっちゃったかなー。)
王子も思春期だろうか。しかしこういう我侭は困る。
 
湯殿につくと、数人の侍女さんたちが表でおろおろしていた。そしてファイの姿を見つけてほっとした表情を浮かべる。
「ファイ様・・・良かった。もうしばらく上がっていらっしゃらないものですから、のぼせてしまわれるのではないかと・・。」
「うん、分かったー。任せてー。」
扉を開けて、外から声をかける。湯気で彼の姿は確認できないが、水音がする。
「殿下、どうなさったんですかー?」
「やっと来たな。たまには一緒に入るのも悪くないだろう?」
「そういう我侭は困りますー。」
「今日だけだ。お前が入ってくるまであがらないぞ。」
どんな脅迫だ。
「・・・仕方ないなー・・・」
意志は固そうなので、しぶしぶ袖と裾をまくる。髪も濡らさないように手早くひとつにまとめた。
そして入ろうとしたところで呼び止められる。
「あ、ファイ様、上着の裾が。」
「あ、そっかー。」
長く垂れた裾は、しゃがめば濡れてしまうだろう。
「着替えなきゃ無理だねー。」
「お貸しください。」
「んー?」
一人の侍女さんが背中に回りこんで、上着の裾を持ち上げる。一応室内着なのだが、コートのように長く延びた裾は、腰の辺りで二つに分かれている。それを―――リボン結びにされた。
 
 
「かわいいな、それ。」
湯船の淵に頬杖をついて、やっと入ってきたファイに王子は満足そうに笑う。褒められたのは腰で揺れる大きなリボン。
「・・・・・・・・・」
実は皆グルなんじゃないの。根拠のない疑いがファイの頭をよぎる。いや、無闇に人を疑うのは良くない。
「じゃあ洗いますからー。ここ座ってください。」
「ああ。」
要求を呑んでやれば、王子もこちらの要求に従順だった。




「それで、今日はどういった風の吹き回しでこのようなことをー?
王子の髪を洗いながら尋ねる。王子の声のトーンが少し下がった。
「なんだ、そんなに不満だったか?」
「べ・・・別にそういうわけでは。」
気分を害したのだろうか。ファイは心配して手を止めた。
「あの・・・殿下・・・?」
「そうだ、お前も一緒に入らないか?」
「は・・・?」
突然振り向いた王子は、泡だらけの頭で悪戯を思いついた少年の表情を浮かべる。誰だ、思春期なんて思ったのは。そんなものまだまだ程遠そうな、幼い顔。
「・・・ここは王族のかた専用の湯殿ですから。オレは入れません。」
「僕が許可しているんだ。構わないだろう?背中を流してやる。」
「せな・・・・・・そんな無礼な真似はできません!」
「では命令だ。洗わせろ。」
「駄目です。」
「アヒルさんも居るぞ?」
「アヒルと入浴する趣味はありません。」
「似合いそうなのに。」
「それはどうも、うわっ・・・!」
不意に。本当に唐突に。頭の上から湯が降って来た。
(何・・・!!?)
思わず閉じた目を開くと、また悪戯っ子の顔をした王子と目が合う。そういえば今日、初歩の浮遊魔法を教えたばかり。理不尽な命令に気をとられすぎて、魔術の発動に気がつかなかった。
「・・・飲み込みが早いことで・・・。」
「国内最高の魔術師にほめられるとは光栄だ。ほら、濡れたままでいると風邪を引くぞ?」
「・・・・・・少々お待ちください・・・」
結局観念して、服を脱ぎに一度外に出る。控えていた侍女さんが「大丈夫でございますか?」と迎えてくれたが、何人かは壁のほうを向いて口元を押さえている。そんな風に笑いを堪えられては逆に惨めだ。
(何この仕打ち・・・)
「ごめん、着替え用意しといてくれるー?」
「はい、かしこまりましたv」
疲れきった声に応えた侍女さんも妙にいい笑顔だった。

「お待たせしました・・・。」
「よし、ここに座れ。」
服を脱いで戻ってきたファイに王子はぱっと顔を輝かせ、さっきまで自分が座っていたいすを指し示す。嫌だといっても無駄なのだろう。ファイは大人しくその言葉に従った。

でも、背中――。
王子は、何を期待しているのだろうか。
あまり見せたくはなかった。
まだ幼い彼に、それをどう説明すればいいのかわからない。

背後で、息をつめる気配がした。


「ファイ・・・この、紋様は・・・?」
「・・・・・・魔力を抑える、刺青です。」
背中一面に描かれた、翼を広げた鳥の姿。王子の指が、恐る恐る触れる。
「抑えるなんて・・・どうして・・・。」
「オレの魔力は・・・強すぎるのでー。」
「強いほうがいいじゃないか。どうしてわざわざ、抑える必要があるんだ?」
「いいえ、殿下・・・。強すぎる力は、厄を呼びます。」
「ファイが!?そんなはずない!」
「いいえ・・・。オレが望むかどうかは関係ない。強い力はそれだけで・・・厄を・・・呼ぶんです・・・。」
 
今も。
こうして抑えてなお。
強すぎる魔力が招く厄災に身を犯されている。

しかし、彼にはまだ早い。できることなら、知る必要もない。

「大丈夫。あなたに危険を及ぼすような厄は呼びません。ほら、洗ってくださるんでしょー?あまり長くこうしていると、二人とも風邪を引いてしまいますよ?」
「あ・・・ああ・・・・・・」

気味が悪いと罵られるのではないかと思った。それならそれもいいと思った。
しかし背中には、スポンジの柔らかい感触が当たる。
それもいいと思ったはずなのに、少し、ほっとした。
こんなことでは駄目だ。いつか訪れる別れに、きっと、また涙する。
それなのに。

「ファイ」
「はい?」
「・・・もしその厄が、お前を傷つけるものなら・・・僕がお前を護る・・・必ず。」
「・・・・・・・・・ありがとうございます・・・・・・」

もしもこの命が。彼との出会いが。かけられる暖かい言葉の全てが。
自分にとっては厄災だといえば、彼はどうしてくれるのだろう。



まだ幼い王子のこんな言葉に揺れ動くほど、自分は繊細ではないつもりなのに。
頬を流れた水滴を、さっき掛けられた湯の名残だと、言い切る自信がなかった。





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裸祭り開催中です嘘です。
何が書きたかったかというと、ファイさんのコートのすそをリボン結びと、濡れファイさん長髪版。
それだけだと話が薄すぎるので、おまけでファイさんの刺青を見ちゃう王子。ついでにプロポーズ編。
後半のほうが重要に見えて前半のほうがメイン・・・。いつものことです(えー)
王子10代前半くらいのお話でしょうか。小学校高学年くらい。
王宮のお風呂場には、雪流さんちに普通に置いてそうなお風呂いすがあるらしいです。想像力が乏しい・・・。
侍女さんたちは笑ってるんではなく萌えています、はい。
どこまでかは知りませんけどアシュラ王も魔法を使えると思う。でなきゃ魔術の呪文無理矢理体ん中に突っ込めないし。(突っ込んだこと前提)
長髪が分かれて背中が見えてるのって好きです。




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