※微々々エリョが軽く入っていますので苦手な方はご注意ください。 彼の涙を恐れて手を伸ばすのをやめることを 愛しているというのだろうか 愛してるって何だろう 分からなくなってしまった 「こんばんは、王子様。」 「チィ?ファイはどうした?」 就寝時刻にいつもおやすみなさいといいに来るファイの代わりに、今夜はチィが部屋に来た。あれ以来、想いを伝えるようなことはしていない。今更避けられる理由はないはずだが。 「ファイは今日は王様に呼ばれました。だからチィが代わりにおやすみなさいって行ってきてって。」 「父上に?そうか・・・」 王子の教育係であると同時に、ファイは国王の補佐も務めている。それでもいつも必ず、お休みだけは言いに来てくれるのが。今日はよほど忙しいのだろうか。 「おやすみなさい、王子様。」 じゃれるようにチィが頬にキスをする。 「ああ、おやすみ。」 頭だけなでて部屋に返した。チィとはある程度仲良くしてはいるが、友達というより猫でも飼っている気分だ。彼女がファイにじゃれるところを見ても、嫉妬の情は沸かない。ファイも猫をじゃらすように彼女に接するから、そういう対象にならない。ただ、自分にはどことなくぎこちないファイの態度が、少し悲しくなるだけ。 (ファイはこないのか・・・) 横になって、顔の半分まで布団をかぶった。 目を閉じてじっと息を潜めてみるけれど、眠れない自信があった。 「・・・お休みくらい、言いに来てもいいだろ・・・」 つい最近身長が並んだのにどうせ子ども扱いなのだから、子供らしくお休みのキスでもねだりに行こう。 「ん・・・」 肌触りのよいシーツに包まれてファイは目を覚ました。気だるさが残る体をゆっくりと起こすと、素肌に直接かけられていた布がずり落ちる。 「寝ていればいいのに。お前の寝顔を肴に飲む酒は格別だぞ。」 「趣味悪いですよ、陛下―。」 そう苦笑して声のした方を振り向く。相手はもう服を着て、ワイングラスを揺らしていた。 陛下。 つまりこの国の国王。王子の父親だ。 王はワイングラスを手に移動して、ベッドの端に腰掛けた。 「一口どうだ?」 「いただきますー。」 手を伸ばすとグラスはかわされて、王は自分でそれに口をつける。そして一口、ワインを口に含んで、ファイを手招いた。 「・・・やっぱり趣味悪いですよー。」 そう非難したものの、恐れ多くも国王陛下の“ご命令”だ。ファイはおとなしくその手招きに従った。唇を重ねて、王の口からワインを受ける。人肌に暖められた赤い液体は、少し口の端からこぼれてファイの脚に落ちた。 「鮮やかだな。」 口の中のワインを全てファイに移して、王はファイの白い肌をぬらす滴を追う。最初はあごに続く筋をなめ取って、そのまま身をかがめて太腿に唇を寄せた。 「っ・・・」 舌の感触にファイの体が強張る。王が小さく笑った。 「もう一度するか?」 「あっ・・・きょ・・・今日はもう・・・・」 「物足りないのだ。お前がすぐに眠ってしまったから。」 「そ、それは陛下が・・・」 「激しすぎたか?すまない、久しぶりだったものだから。」 今度は優しくしよう。そう言って王はファイの体を横たえる。 仕方ない。恐れ多くも国王陛下の“ご命令”だ。本当は、王子がちゃんと眠ってくれたのか、覗きに行きたかったのだが。 (まあ、おやすみはチィが言ってくれたはずだし・・・) ファイはおとなしく体を預けた。 唇が重なる。 ワインの香りがする。 王子のキスとは違う、大人の香りのキス。 彼の口づけは拒んだけれど、王の口づけは受けられる。 この人は、唇が愛を紡ぐための道具ではないことを知っている。それはただ快楽を引き出すための部位に過ぎない。愛しあっているわけじゃない。だから抱かれることができる。ただ欲を吐き出すための手段としてのみこの体を求めてくれるから、欲しいと言われれば開く。それだけの関係。 愛しもしない。愛されもしない。 同じ時間を生きられない二人には、これが一番幸せなのだから。 それなのに―― 「っ・・・」 ほんの一瞬、王子と重ねた唇の感触がよみがえる。振り払うために深く求めた。溺れていけるかと思ったのに、無粋な音が邪魔をする。 コンコン・・・ 「・・・誰だ?」 ノックの音に王が体を起こした。 答えた声にファイも思わず身を起こす。 「父上、ファイはここに・・・」 「っ!駄目っ・・」 身内の気軽さが許可を待たずに扉を開けさせる。 とっさに発した静止の声は、そこに自分がいるという証明にしかならない。 「ファイ?よかった。書斎のほうにいなかったから、どうし・・・」 たのかと思って。 求めた姿と同時にその答えもそこにあった。 空気が凍る。 『あれを、愛してはいけないよ』 初めてファイに出会った日の夜、父に言われた言葉が王子の頭を鈍らせる。 だってそれなら、この光景はありえない。 「父上・・・どうして・・・」 ファイは青ざめた顔をして俯いたまま、目をあわせようとしない。そのむき出しの肩を、王がシーツでくるんで抱き寄せた。 「ファイに何か用か?」 彼はただ、ファイの肌を隠そうとしただけだったのだろう。しかしその動作がファイは自分のものだと見せ付けたように王子には思えた。頭にかっと血が上る。 「っ!殿下っ!!」 父親とはいえ国王陛下に掴みかかろうとした王子に、ファイがベッドから飛び降りてしがみつく。 「殿下!駄目っ・・・落ち着いてください!!」 それでも王子の怒りは収まらない。必死にしがみつくファイの体を振り払いそうな勢いで王をにらみつける。 「ファイを愛してはいけないと言ったのは、自分のものだからという意味ですか!」 「殿下っ!!」 「離せ、ファイっ!」 「いけません!殿下といえども国王陛下への無礼は許されません!」 「お前も!父上を愛しているなら最初からそう言えばいいだろう!僕がっ・・・!」 いったいどんな気持ちで。 いや、怒るのは間違っている。そんな権利はない。 それでも、ファイのために、彼を悲しませないためにと。 最初からずっと蚊帳の外だったのにファイのために身を引いたつもりでいた自分は、どれほど滑稽に見えただろうかと。 ほかに想う者がいるのだと、それだけでも教えられれば、こんな思いはしなかったかもしれないのに。それなのに。 「いいえっ!いいえ、殿下!愛してなどおりませんっ!!」 「今更何を・・・!」 「本当です!愛してなどおりません・・!」 あの日そらされた目が今日は合わされる。その言葉に嘘がないと訴える。 「愛してなど、おりません・・・。」 「・・・・・・でも、抱かれていたんだろう・・・?」 本人のいる前で、行為を裏切る言葉を繰り返すファイに戸惑って、憤りは姿を隠す。ほっとしたのかファイの体から力が抜けて、支えそこなって王子も床に膝を付く。 ファイが肩に羽織ったシーツから覗く白い肌には、行為の跡も残っている。それなのに。 「お前も、欲しいなら欲しいと言えばいい。」 「父上・・」 「愛していなくても抱けるだろう?」 その言葉で、自分も愛してなどいないと告げる。無感動に、それが当然だというように。 「私は、人形だと思って抱いている。」 「人・・・形・・・?」 「殿下にも・・・欲しいといわれるのなら差し上げましょう。」 「ファイ・・」 「でも・・・愛してはなりません・・」 「・・・・・・・・・」 光景だけ見ればその言葉は明らかな虚構なのに。 なぜか、本当だと思った。 王子は一度、シーツごとファイを抱き寄せた。そして、耳元で囁く。 「部屋で待ってる・・・何時になってもいいから、来てくれないか。」 「・・・はい。」 抱きしめたせいで表情は見えなくて、声だけでは感情が読み取れない。 かまわない。 どうせ部屋に来るのは人形だ。 「無粋な真似をして申し訳ありませんでした、父上。」 ファイを離して立ち上がる。顔を見ないようにして部屋を出る。 「失礼しました。おやすみなさい。」 「ああ、おやすみ。」 パタンと扉が閉められる。 ファイはしばらくその扉を見つめて、ゆっくりと深くうなだれた。 「『愛してなどおりません』か。ひどいことを言う。」 「・・・陛下こそー・・・」 人形だなんて。でも確かにそうだ。自分は、老いも死も知らぬ美しい姿のまま、愛の返し方も知らないのに人の心だけ魅了する人形。 「王子が待っているな。行きなさい。」 「え、でも・・」 「私はもういい。あの子をお前に任せたときに、お前も手放すべきだった。・・・すまない。」 「何が・・・ですか・・・?」 「さっき、王子のことを考えていただろう?」 「っ・・・それは・・」 「かまわぬよ。私たちは、そういう関係だろう。」 愛はいらない。同じ時間は生きられないから、深く愛すれば愛するほど、残されるファイが悲しいだけ。愛してはいないというその言葉が、本当は愛を伝える言葉だったとしても。 「悪かった。もう呼ばない。補佐も別のものに頼もう。王子の教育に専念してくれ。」 「陛下・・・」 距離を置くための言葉に、ファイは願いのまなざしを返す。 離れたくない。 王子の元へ行けば、また永い時が待っている。 しかし叶えられることはない。王が選んだのは、愛しているからこそ、愛していないと口にする道。 「あの子のところに行きなさい。」 「・・・・・・・・・はい・・・」 泣いてはいけない。人形だから。 ベッドに仰向けに寝転んでいると、扉が叩かれてファイが自分を呼んだ。入れと言うと扉が開く。ベッドの端に腰掛けて、迎えた。 「早かったな。」 「あ・・・はい・・」 父との続きはなかったのだろう。 手を差し出すと、ファイは少しためらってから、その手をとった。引けばおとなしく腕の中に納まる。 好きだと告げたあの日以来、どこか遠かった体が、こんなにもあっさり手に入る。 けれど―― 「・・・こんなに悲しい瞳をした人形がいるものか・・・。」 「え・・・?」 「ファイ、愛している。」 「・・・・・・殿・・・下・・」 ファイは戸惑った声を上げた。 体が震える。人形みたいに扱ってくれると思ったのに。 愛してはいけない。愛されてもいけない。だからこれではいけない。でも、強く抱きしめて逃げられない。 王子は何度も、愛していると繰り返す。 「愛している・・・愛しているんだ・・・お前の姿の人形が欲しいんじゃない。愛してるといえば悲しい目をしても、僕は人形よりそのファイのほうがいい。」 「・・・殿下・・」 「愛している。泣いてもいい、逃げてもいい。追いかけて捕まえて、また愛してるって言うから。いつか笑ってくれればいい。僕はそんなファイがいい。」 「・・・・」 違う。彼は何もわかっていない。話せば伝わるのだろうか。あなたと同じ時間は生きられないと。残されるのは怖い。だから、愛させないでくれと。 「殿下っ・・・オレっ・・・」 声が涙に震える。背に回された手が優しく上下する。 「何だ?」 「・・・・・・いえ・・・」 愛されるのは怖いのに、どうして今日はこの言葉がこんなにも胸に響くんだろう。 だから言えない。苦しくてたまらないのに。愛してなどいないつもりなのに。今はまだ、失いたくない。諦められることが怖い。 「ごめん・・・なさい・・・」 「・・・いつか・・・話してくれるか?」 「・・・わか・・・りません・・・」 「・・・そうか。」 けれど嫌だとは言われなかった。 「ファイ、」 「は・・・い・・」 「キスしてくれないか?」 「・・・・・殿下・・」 「そんな声を出すな。お休みのキスだ。お前でないと眠れなくて。」 「・・・」 おずおずと顔を上げたファイは目にいっぱいの涙をためて、困ったような上目遣いで王子を見上げると、そっと頬に手を添えて、額に唇を寄せた。 「ありがとう。いい夢が見られそうだ。」 「もう・・・いいんですか・・・?」 「もっと何かしてくれるのか?」 「い、いえ・・・」 ぱっと頬を朱に染めて、ファイは王子の腕から逃れた。袖でぐいと涙を拭くと、少なくとも表面上は、もう普段の冷静さを取り戻してみせる。 「それでは・・・お休みなさい。良い夢を。」 「ああ。お休み。」 王子の部屋を退出すると、ファイは自室まで駆け戻った。扉を閉めるとそのままそこにうずくまる。チィが気づいて近寄ってきても、顔を上げることができない。 「ファイ・・?泣いてるの・・・?」 「ごめんね・・・。ちょっと止まらなくて・・・。王子様には内緒ね・・・。」 「どうしたの・・・?」 「んー・・・どうしたんだろう・・・よく、わかんない・・・」 嬉しいのか悲しいのか、困っているのか期待しているのか、どうしたいのかどうすればいいのか。 「どうしよう・・・何もわからない・・・」 たった一つ確かだったはずの、愛していないという気持ちまで。 失うことを恐れて愛を拒むことを 愛していないというのだろうか 愛していないって何だろう 分からなくなってしまった :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: 返事も待たずに人の部屋の戸を開けるなんて。 殿下はこのころから空気の読めないお方だったようです。 大人になっても個性を失わないって素晴らしい事だよね(個性?) やっと序章みたいなのの後書きで書いたパパ王様との三角関係がどうのこうのみたいな話に繋がりましたね! このシリーズの後書きって、結構思いつきと勢いだけで書いてたりするので(っていうかそもそもこの部屋自体が思いつきと勢いだけで成り立っています)発言に責任取れてよかったです。 王子、さりげなく、ちゅーの回の「もうしない」発言の撤回に成功しています。 良くやった! 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