君に贈る最高の愛の形


4月14日はオレンジデーと言って、恋人同士が愛の証に、オレンジのものを贈り合う日らしい。

「・・・・・・デパートの陰謀だろ。」
「そうかもな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・で?」

神威は、睨みつける勢いで封真を見た。はっきり言って、そんな胡散臭いイベントより、4月13日の春休み明け実力テストの方が、神威にとっては重大だ。その勉強を必死にしていると言うのに、そんなことで邪魔をしないでほしい。

これだから、実力テストを実力だけで受けられる奴は・・・。

「テストが13日なら、14日のプレゼントの用意は間に合うだろ?」

神威の心境など露知らず。いや、知っているのかもしれないが、封真は何やら上機嫌で、話を勝手に進めていく。
大体、オレンジデーなどと、そんなマイナーな情報、何処から仕入れてきたのやら。顔に似合わずイベント好きなのは結構だが、付き合う方はたまったものではない。

「バレンタインデーとホワイトデーが終わったばっかりなんだから、もういいんじゃないのか?」
「ホワイトデーから、もうすぐ一ヶ月だ。愛はこまめに確かめ合わないとな。」
「大体、今更、愛の証なんて。」
「いつも確かめ合ってるから必要ないか?じゃあ、お前からのプレゼントは、お前自身でいいぞ。」
「っ・・・!冗談じゃない!!」
「じゃあ決まりだな。」
「え・・・?」
「しっかり探せよ、オレンジのもの。」

その笑顔は、悪魔の微笑みよりたちが悪かったと言う。




(オレンジのものなんて・・・。)

4月13日、実力テストが終わってから、神威は近所のショッピングモールに足を運んでいた。若者向けの店も多いここなら、きっと何か見つかるだろう。
一応、今まで色々考えてみたのだが、オレンジ色のものなど、ミカンぐらいしか思い浮かばない。愛の証がミカンというのもどうかと思う。

あの様子なら、封真はもう、プレゼントは決めているのだろう。
神威も、とりあえず色んな店を覗いてみる。

○服
 (あんまり派手な色はなぁ・・・。)

○ネクタイ
 (・・・あいつ、あれでもまだ高校生だし・・・。)

○ハンカチ
 (女の子みたいか?)

○洗剤
 (嬉しくないか・・・。)

○置物・小物入れ
 (似合わない。)

○ぬいぐるみ
 (似合わないっ!)

○いっそ飴玉とか
 (しょぼい・・・)

結論:そもそも、封真にオレンジが似合わない。


オレンジデーというのは確かに存在しているらしく、一部の店ではそういうコーナーを作っていた。しかし、それほど大掛かりなものではなく、所詮その程度のイベントなのだと言うことがうかがえる。
そして並んでいる商品のどれを見ても、封真に似合いそうなものはない。

「あー、もうっ!!」
それでも何か贈らなければ、本当に自分自身が贈り物にされてしまう。

(他に何かオレンジのもの・・・)
何かなかっただろうかと、必死で考え込む神威の脳裏に、ふと懐かしい光景がよぎった。
夕暮れ時の境内。神威と封真と小鳥。そして、

「犬・・・・・・」

昔、刀隠神社の前で見つけた子犬。神威が封真と出会うきっかけになったあの犬は、毛が明るい茶色で、夕焼けの時間帯になると、オレンジ色に光って見えた。

「あいつ、どうしたんだっけ・・・」

しばらく、刀隠で預かっていたのは覚えている。けれど、幼い子供と、体の弱い母親と、神主の仕事が忙しい父親。飼う事はできないと言われた。それに、自分の家に帰る方が犬にとっても幸せだと言われて、元の飼い主を探そうと、三人でポスターも作った気がする。
しかし、あの犬がどうなったのかは覚えていない。記憶の中から唐突に、その姿は消えている。

「飼い主、見つかったんだっけ?」

今考えてみれば、あれが飼い犬だったとは思えないのだが。

封真は、覚えているだろうか。


と、そこで、プレゼントを探していたことを思い出した。

「そうだ、オレンジのもの・・・。」
しかし、めぼしい店は、全て回ったと思う。どうしようかと周囲を見回した神威の目に、化粧品か何かの宣伝の風船が映った。

「風船かぁ・・・。」
(・・・・・・封真に風船なんて・・・!)

思い浮かべた光景に、眩暈さえ覚えた。




結局、その日は諦めて、神威は家に帰った。プレゼントは、明日、瀬川にでも相談してみて、もう一度探してみよう。

「ただいまー。」

玄関の扉を開けると、ちょうど出て行こうとしていた封真と鉢合わせた。

「どこか行くのか?」
「ああ、ちょっと小旅行だ。」
「小旅行って・・・。」

見ると、封真は何やら大荷物を抱えている。
小旅行にしては、大き過ぎる気がするが。

「何処まで行くんだ・・・?」
「秘密だ。心配しなくても、明日の夕方には帰るから、ちゃんとプレゼント用意して待ってろよ。」
「学校は?」
「明日は授業はないだろ?」

明日は、CLAMP学園の伝統行事、『テスト終了お疲れ様打ち上げ祭り』。
それはどうでもいいくせに、オレンジデーは忘れないところが、封真らしいといえば封真らしい。
(打ち上げ祭りは恋愛行事じゃないもんな。)
こっちはプレゼントが決まらなくて困っているというのに。



封真を見送って家に入った神威は、一人きりで夕飯を食べ、特にすることもなくベッドにもぐりこんだ。しかし、まだ寝るには早いらしく、テスト明けだというのに睡魔はやってこない。
(暇だなあ・・・。)
一人きりの時間の過ごし方なんて、封真と暮らすようになってから忘れてしまった。特に何もしなくても、二人で一つの部屋にいるだけで、時間はすぐに過ぎるのに。

封真が一人で旅行なんて、今まで一度もなかった。こんなことなら付いて行けばよかった。

明日の夕方まで。

まるで永遠のような時間。

(オレンジデーぐらい、一日側にいろよ・・・。)
そんな風に思うのは、こんな、デパートの陰謀的行事に一人で踊らされているようで嫌なのだけれど。
恋愛行事は、二人で踊らされないと意味がない。

「馬鹿・・・。」

聞かれていないのをいいことに、神威が声に出してそう呟いた時、滅多に鳴らない電話が鳴った。
(誰だろ・・・。)
この家に電話してくる相手など、塾か家庭教師の宣伝しか思い浮かばない。あの手の電話は、いちいち相手をするのが面倒だ。かと言って出ないわけにも行かず、神威はベッドを降りた。

もしかしたら封真かもしれないと、淡い期待が胸をよぎったのは言うまでもない。

「はい、」
『夜分にすいません。桃生封真さんはご在宅でしょうか?』

電話の相手は若い女性だった。

「・・・出かけてますけど。」

声が不機嫌になってしまった気がする。夫の浮気を疑う妻のような反応だ。きっと眠れなくていらいらしていたのと、期待を裏切られたからだろうけれど、電話の相手に当たってもしょうがない。少し自分に嫌悪感を感じて、神威は相手にわからない程度の溜息を漏らした。そして、ありったけの平常心をかき集めて、会話を繋ぐ。

「戻ったら、かけなおすように伝えましょうか?」
『あ、いえ、結構です。もうお出掛けになったのでしたら、携帯電話にかけなおします。』

(・・・・・・え?)

もう出掛けたなら、ということは、封真の今日の予定を知っているということだ。しかも携帯の番号まで。もしかしたら、神威が知らない封真の行き先まで。

かき集めた平常心は、いとも簡単に霧散する。
考えたくない可能性が、頭の中に浮かんでくる。

「あの・・・どちら様ですか・・・?」
『封真さんから、お聞きになっていらっしゃいませんか?』

聞いていないから、訊いている。もったいぶらないで教えて欲しい。ただでさえ、封真が一人旅なんかに行っているせいで、
(不安で寂しいなんてことはないけど・・・。)

強がらなければ、声が震えそうだった。

電話の相手が言葉を続ける。

『             』
「え・・・。」

その内容は、神威が全く予想していないものだった。





「何拗ねてるんだ?」
「誰が。」
「封真。」

あの電話から丁度24時間。夕方、『小旅行』から帰ってきた封真は、現在明らかに機嫌が悪い。
それでも神威は嬉しそうで、そんな神威のひざの上の、封真からのプレゼントも、幸せそうに寝息を立てている。

それは、夕焼けの中で、オレンジ色に光る犬。

「口止めしなかった封真が悪いんだろ。」
「電話がかかってくるなんて思わなくてな。」

本当は、いきなり見せて驚かせたかったらしい。夕暮れの、この犬の毛が、オレンジに見える時間に。けれど、一本の電話から全てはバレて、犬の首には神威からのプレゼントの首輪。勿論、色はオレンジだ。
『お前がつけるのか?』
という質問はお約束。綺麗に無視されたが。

「でも、あの犬、随分遠くまで貰われていったんだな。」
犬の頭を撫でながら神威が呟く。思い出の中のあの犬は、封真の父の神主仲間に貰われて、現在長野にいるのだとか。
昨日の封真の大荷物の中身は、犬を入れるケージだったらしい。
昨夜の電話の彼女はその人の娘で、この犬は、あの時の犬の孫に当たる。

「家に帰ったんだと思った。」
「俺がそう言ったからな。」
「え・・・?」
「俺が言ったんだ。『あの犬は、自分の家に帰ったんだ。』覚えてないのか?」
「・・・うん。」

あの犬の姿は、唐突に記憶の中から消えている。
残っているのは、一緒に遊んだ楽しい思い出だけ。

「長野なんて、もう会えないだろうからな。近くに住んでるかもしれないって思うほうが、希望が持てるだろ。『家に帰った』って言ったら納得したしな、お前ら。」
「・・・そうだったんだ・・・。」

残っているのは、一緒に遊んだ楽しい思い出だけ。
別れの記憶は残っていない。

(でも、封真は知ってたんだよな・・・。)
別れの記憶。きっと、彼の中には残っている。
封真は、悲しい想いを忘れさせるのが上手いと思う。自分では決して忘れないのに。そして、人の分まで背負うのだ。

ありがとう・・・
「ん?何か言ったか?」
「・・・あのさ、」

けれど、共有したいと思う。優しさは嬉しいけれど、もう、受け止められないほど弱くはない。これからは二人で、同じ記憶を。

「来年のオレンジデーは、封真が欲しいな。」
「俺?」
「うん・・・一日一緒にいて欲しい・・・。」

もう、デパートの陰謀でも何でもいい。恋愛イベントは、二人で一緒に踊らなければ。

「一人寝はそんなに寂しかったか?」
「そういうわけじゃ・・・。」
「隠すなよ。」
「・・・隠してない。」

機嫌は直ったのか、封真はなにやら嬉しそうだ。

「神威、」
「ん・・・?」

ああ、キスされる。そう思って、神威は目を閉じた。
唇が、触れて、離れる。
そして、目を開ける前に、首筋に同じ感触を感じた。

「え、封真・・・?」
「俺が欲しいんだろ?来年なんてけち臭いこと言うなよ。」
「そういう意味じゃ・・・!」

否定する暇もなく、神威はソファーに押し倒されていた。ひざの上で寝ていた犬が、迷惑そうに床に下りて、気を利かせたのか黙って部屋を出て行く。

「俺はただ、一緒に居たいって言っただけで・・・!!」
「俺がお前を欲しいんだ。今年のプレゼントってことで。」
「プレゼントは用意した!」
「思ったんだがな、あの首輪は、あの犬へのプレゼントだろ。」
「二人で飼うんだから一緒だ!!」
「いや、プレゼントはやっぱり、貰った相手が一番喜ぶものを贈らないとな。」

この笑顔には悪魔でさえ平伏すに違いない。そんな笑顔を浮かべる封真と、無駄な抗議を続ける神威と、手ごろな寝床を見つけて、夢の世界に旅立つ犬と。

こうしてオレンジデーの夜は更ける。




               オレンジデーは実力テストです、雪流さんは。
               華麗に散ってきます。
               封X神プレゼントシリーズ(?)第二段。
               (第一弾はバレンタインでした。)
               また瀬川君がこっそり哀れなポジションに・・・。
               いつか瀬川君救済企画とかやりませんか?
               (誰に言ってるの・・・)

               


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