一人、繰り出した喧騒の中で
彼の、姿を見つけた




odd eyes butterfly


「・・・・・・・・・・アシュラ王・・・?」
ファイは足を止めた。見えたのは一瞬。人の波の合間に一瞬だけ。
けれど、見間違えるはずがない。
逃げなければ。向こうはまだ此方に気付いてはいないはず。
しかし足がすくんで動けない。あるいは、見つかりたかったのかもしれない。
再び、波が割れた。
目が合った。
「っ・・・」
心臓が激しく脈打つ。
地面が波打っているかのような、嫌な感覚に襲われた。
彼は、目を合わせたまま、真っ直ぐ、此方へ向かってくる。
背中を、冷たい汗が流れた。
(駄目だ・・・捕まる・・・)
彼が足を止める。二人の距離は、1mにも満たない。
手が伸ばされた。びくりと目を閉じる。左頬に、懐かしい温もりが触れる。
「その目は?」
「あ・・・」
左目は、旅の共だった少年に抉られ、今は彼の右目にある。
どう説明すればいいのだろうか。彼が愛してくれたそれを、彼以外の人間のために失ったと。
何か言おうとして、唇が震えた。
「あ・・・の・・・」
「あ、すまない。」
不意に、彼の指が離れた。
「つい仕事柄・・気を悪くしないでくれ。」
「・・・え・・・・・・?」
目を開けて、じっと彼の顔を見つめる。
懐かしい顔。けれど。
(違う・・・)
それは、彼の姿をしているだけの別人。
安堵と、恐らく落胆で、足から力が抜けた。
「っ!大丈夫かっ!?」
崩れ落ちる前に抱きとめられる。その腕も胸も、覚えのある感触なのに。
(違うんだ・・・)
「・・・すいません・・・ちょっと・・・眩暈がして・・・」
「私の店が近くにある。少し休んでいくか?」
「店・・・?」




「そこに座って・・・あ、横になったほうがいいか?」
「あ、いえ・・・大丈夫です。」
示されたいすに腰を下ろして店内を見回す。あまり商品らしいものが見当たらない。
「あのー・・・ここ、なんのお店なんですか?」
尋ねると、答えと一緒に温かい紅茶が差し出された。
「表の看板は見なかったか?」
「あ、オレ旅行者なので、この国の字はちょっとー・・・」
「ああ、そうか。義眼工なんだ。」
義眼工。それで、仕事柄、か。
受け取った紅茶に口をつけると、ほんのり甘い、彼の好みの味がした。

「ところで、その目は、事故か何かで?」
「あ・・・はい。そんな所です。」
「眼帯の下は?」
「今は、虚ろです。」

今は。
きっと、こんな自分を大切に想ってくれる旅の仲間が、いつか奪われた左目を取り返すだろうから。

「良かったら、義眼を入れてみないか?」
「え・・・でもオレ・・・」
「代金はいい。義眼を入れるというと怖がるものもいるが、そんなに大した事ではない。着脱も自分で出来るし、コンタクトレンズのようなものだ。視神経の状態によっては、見えるようになる高性能なものもある。実は私も、右が義眼なんだ。」
「え?」
言われて改めて、じっくりと彼の両目を見つめる。
「全然分からないー。」
「この国はあまり治安がよくない。裏では野蛮なゲームも行われているようで、目や四肢を失うものが多い。だから、体のパーツを作る工学が進んでいるんだ。特に義眼は、一見本物と区別がつかないくらいに。」
「でも、どうして無料でなんて・・・」
「実は・・・」
彼は、少し照れくさそうに笑う。
「私が見てみたいからなんだ。あんまり綺麗な蒼だったから。」
「っ・・・」

いつか、彼もこの瞳を、褒めてくれた事を思い出す。
この世界中の美辞をかき集めてもまだ足りないとでも言うかのような勢いで、本当に綺麗な瞳だと。
(アシュラ王・・・)

「義眼って・・・時間はどれくらいかかるものなんですか・・・?」
「高性能なものになると、一つ一つ手作りになって手術も必要になるから2,3ヶ月・・・。視力は望まないなら、もし在庫に合うものがあれば検査も含めて数時間で・・・ああ、しかし蒼い目は造ったことがないな。製作には2週間ほどかかるか・・・。すぐに旅立ってしまうのか?」
「いえ・・・でも・・・」
こんなことを、望んでもいいのだろうか。
「視力は戻らなくていいです。でも・・・その・・・」
「ん?」
裏切りかもしれない。赤を双眸にたたえる彼への。
でも、あの色を望めない。望む事は許されない。
「オレ・・・貴方と同じ色がいいです・・・。」
「この色を・・・?」
「はい・・・」
「しかし、両目で色が・・・」
「構いません。」

赤を望まないなら。
現在に目を背けるなら目を向けるのは失った過去の色。
耐え難い今の中で苦しみに耐えるための拠り所として。
あるいは、幸福な今に走りそうになる自分への足枷として。
「お願いします・・・」



種々の検査も含めて一時間半後。
ファイの左目には、金の輝きが嵌っていた。
「痛みはないか?」
「あ・・・はい・・・」
彼が、話しながら鏡を差し出す。
「注意事項はさっき言ったとおりだが、一応説明書を。あ、字が読めないんだったか・・・。」
「大丈夫です。ちゃんと覚えましたー。」
「では、この国に滞在中に痛みを感じるような事があったら、またここに。」
「はい。」
「・・・本当に、その色でいいのか?」
「・・・はい。」
受け取った鏡を覗く。
見慣れた蒼の隣に、愛おしく哀しい、彼の色。
喜びと、罪悪感が入り混じって、鏡を持つ手が震えた。
「陛下・・・」
「え?」
「いえ、なんでもー。」
へにゃりと作り笑いを浮かべて顔を上げると、彼が小さく息を呑んだ。
「あれ、やっぱり変ですかー?」
「いや・・・案外、綺麗だったから。」
「・・・ありがとうございます・・・」
今度は、心から微笑んだ。



店を出てしばらく歩いた所で、ファイはまた左目を眼帯で隠した。
この色が、けして赤に触れる事のないように。
「遅くなっちゃったなあ・・・。早く帰ろう。」
旅の仲間は心配しているだろうか。
与えられる愛情は、嬉しくて、哀しくて、恐ろしい。
差し出される手は振り払わなければならない。
たとえ孤独によろめいても。
けれどこの目があれば。
もう少し、この場所に、独りで立っていられる気がする。





Fin.


ありえないなと思った人はそこに並びなさいっ!!
・・・仰るとおりです、すいません。_○/|_
赤でも金でも琥珀でもいいからさ、あの眼孔に蒼じゃない色が収まって欲しいわけですよ。
見えない場所は妄想の領域。
じゃあもう嵌ってる事にしちゃえ!!
と思って義眼ネタに行ってみました。
インフィニティ以降、雪流さんフィルターではあの眼帯の下は金目です!
吸血鬼モードオンになるとオッドアイズじゃなくなって丁度良し!
ところで原作では、別の世界のアシュラ王に会う機会がいまだにありませんね・・。
一度くらいやって欲しいのになあ・・・。

余談ですがbutterflyには蝶のほかに浮気者と言う意味もあるらしい。素敵・・v




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