「お葬式みたい。」
その不吉な言葉と裏腹に、ファイは白い花を抱えて陽気に笑った。


  幸福論


頼まれた買い物に出かけて、街の至る所に花が飾られてることに気がついた。
それも、揃いも揃って白い花。
買い物ついでに尋ねると、男性が女性に花を贈る日なのだという。
愛の証として、真っ白な花を。
そういう形式的な儀式にはまったく興味が無かったが
女性から男性にチョコを送る何とかという日も必ず祝う彼には
こんな祝いの日でなくても白い花が良く似合うだろうと
深い意味は無いと心の中で言い訳しながら
それはそれは立派な花束を仕立ててもらって
きっと喜んで貰えると心を弾ませながら
口元が緩むのを必死にこらえて
出来る限りの早足で家路を急いだ。
おかえりと、出迎えてくれたファイに
突きつけるようにして花束を渡す。
ファイは、受け取ったそれが自分へのプレゼントだと瞬時に理解して


「お葬式みたい。」


そう言って、笑った。

「・・・葬・・・式・・・?」
予想もしなかった言葉。
半ば呆然とする黒鋼に、ファイは微笑みながらその意味を話す。
「オレの国では、死んだ人に真っ白い服を着せて
棺の中にいっぱい、白い花を入れるんだー。」
奇しくも今日のファイは白い服に身を包んでいて
自分が葬送の花を手向けてしまったかのような錯覚に襲われる。
先程までの浮かれた気分は疾うに霧散して
拙い言葉で必死に弁明を試みる。
「そんな・・・つもりじゃ・・・」
「分かってるよー。ありがとー。」
不吉な言葉を吐いた同じ口で喜びを表して笑うから
その喜びの意味は自分が望んだものとは別の場所にあるのだろうと
確かめることは恐ろしくて
渡した花束を奪って床に叩きつけて
散らばった花弁の上にファイを押し倒して
少し乱暴に
抱いた。


気を失ったファイを部屋に運んでベッドに降ろすと
彼の掌から白い花弁が零れ落ちた。
最中に握り締めたのだろう。
愛を確かめ合うその最中にも永遠の別れを望むように。
「・・・・オレの国では・・・新婚夫婦の褥にも・・・白い花を撒くんだ・・・」
寝ていると思っていたファイが不意に口を開く。
そう言われれば先程の行為は新婚初夜のそれに似て。
「きっと・・・幸せの絶頂のまま・・・死にたいからなんだよ・・・・・・」
返す言葉を探しながら、黒鋼は花弁の上からファイの手を握る。
「花は・・・幸せを願って贈られるんだろう・・・。
 夫婦のこれからの幸せ。
 死者の死後の世界での冥福。
 死を飾るものじゃねえ・・・。」
「じゃあ・・・どうして生まれたときには花を贈らないの・・・?」
贈らないのだろうか。彼の国では。
自分の国ではどうだっただろう。
覚えていないけれど、その場しのぎに記憶を偽る。
「俺の国では贈った。」
「オレには贈られなかった・・・。」
国ではなく個人的な実例で否定されれば
もう口を噤むしかなかった。

ファイはうっすらと目を開いて、ぼんやりと虚空を見つめる。
「疎ましいと思うなら、あの時殺せば良かったんだ・・・。
 誰も殺せなくなる前に・・・。
 オレが死ねなくなる前に・・・。
 世界に最初に発した声で
 オレは贈られない白い花を求めていた・・・。」
あの日の産声は、自分への葬送の歌。
壁に囲まれた囚われの生より
いつかは失う暖かい腕より
白い花に飾られる美しい死を願った。

虚ろう瞳は、どこを見つめているのだろう。
その先にあるのが永遠の楽園のような気がして
黒鋼はファイの手を引いた。
ファイがゆっくりと黒鋼の表情を視界に捉える。
「ごめんね・・・・・・」
「・・・何が。」
「黒むーには理解できないかもしれないけど・・・
 あの花は・・・本当に嬉しかったんだ・・・。
 ・・・・・・ごめんね。」
そういってファイは、今度こそ本当に眠りに落ちた。
白い花弁を手にしたまま。

「・・・・・・理解なんて出来るか・・・」
彼の国の風習も
彼の思考回路も。
けれど
彼はあの不吉な言葉の裏に
確かに幸せだと言ったのだろう。
自分には理解できなくても
今はとても幸せだと。
贈られた白い花を
葬送の花にしたいほどに。


「・・・・・・・・・くそっ」


黒鋼は小さく舌打ちして
床に叩き付けた花束から傷んでいない花だけを集めて
ファイの部屋に飾った。



Fin.


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後の世の笑い種に書き記しておくと、これをアップしたのはバレンタインデーですよ。
何か甘いの書こうと思って、花を贈る黒鋼の図から始めたら、気がついたらこうなりました。
暗っ!!
まあ原作もビターな関係が続いてる時期ですからその影響かと・・。
サイト内でもしょっぱい話を連載中でしたしね。

モコナに恋愛会話解読機能も付いてたらいいですね。
侑子さん印だから付いてそうなもんなのにね。
意味あり気な台詞を深読みして楽しむには無用な機能ではありますけれども。
あ、だから覗き見機能だけなのか・・。(覗き見?)
さとり機能(寂しい人は分かるあれ)の精度良くないのもその辺の理由ですかね。
東京編辺りでの侑子さんの、ファイさんのこと何でも知ってる風の発言が、全部自分内設定に基づいてたら面白いなあ・・。






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