星に願いを 4  




夢を見た。


「オレと君は別々の世界から来た旅人でね、オレはこんなイベントは初めてで、君に色々教えてもらうんだ。織姫様と彦星さんのこととか、短冊に願いを書けば叶う事とかー。」
笹につける七夕飾りを作りながら、ファイは黒鋼に今朝見た夢のことを話す。
「それで、君はオレに短冊を渡して願いを書けって言うんだけど・・・よし、完成ー!」
はさみを入れ終わった折り紙を開くと、正方形だった紙は綺麗なあみ飾りに仕上がっていた。
「随分溜まったねー。あと一箱くらいで大丈夫かな?」
足元に並べた段ボール箱には、溢れんばかりの七夕飾り。ファイがあみ飾りを乗せた上に、黒鋼は折り紙で作ったちょうちんを乗せた。

ここは堀鐔学園職員室。窓から校庭を眺めると、そこには七夕準備が着々と進んでいる。イベントごとには全力を注ぎ込む理事長の指揮の下、全校生徒が好きなだけ短冊をつるせるように、この日は校庭がちょっとした笹林に変わるのだ。その笹につける飾りを作る役目が今年は黒鋼とファイに割り当てられた。
『頑張ったら1番背の高い笹に優先的に吊るさせて上げるわよ。』
そう言われてやる気を出したのは意外にも黒鋼の方で。
「そういえば、夢の中の黒りん先生も、高いところに短冊を吊るした方が空から良く見えるとか言ってたよー。」
理事長のコネクションのお陰で、1番大きなものでは、黒鋼でも脚立がないと一番上に手が届かないほどの笹が仕入れられているとは言え、織姫たちが居るような高い場所からじゃ、地上の1メートル程度、大した違いでもないだろうに。
ファイが笑うと、黒鋼は少し不愉快そうな顔をして、新しい折り紙を手に取った。

「それで、話の続きは。」
「え?」
「願いだ。夢の中の、お前の願い。」
「ああー。」
ファイも、新しい紙を手に取る。
「それがねー、夢の中のオレは、なかなか願いを書けないんだよ。」
「あ?」
「さっきも言ったけど、オレと君は別々の世界から来た旅人で、いずれ離れ離れになることが分かってるんだー。だから書けないんだよ。『ずーっと一緒にいたい』って。」
一緒に居るのに、天の川に隔てられるよりも遠いそんな2人の夢。
「なんだそりゃ。」
黒鋼は、呆れた顔をして折り紙を折り始めた。今度は、何か複雑なものを作るつもりのようだ。
「現実なんて省みずに書けばいいだろうが。願うって言うのは、そういうことじゃねえのか。」
「でも、色々考え込んじゃうタイプだから。」
「夢の中でまでか。」
「夢の中の方が、素の自分が出ちゃうんじゃない?」
「もっと気楽に楽しめる夢にしろよ。」
「そんなこと言われてもー。」
無茶な事をと苦笑するファイに、黒鋼は一枚の短冊を差し出した。
「ほら。」
「へ?」
それは、後で書いておけと、理事長から支給された短冊だ。
「書けよ。お前の願いは?」
「・・・・・・オレは・・・」





そんな、夢を見た。
だから、驚いた。夢で聞いたような単語が、黒鋼の口から出たとき。

「タナバタ・・・・・・?」
「らしいぞ。この国では今日が。」
「いや、その前にさー、タナバタって何?」
「あ?七夕って言うのは・・・」

笹に願いを書いた短冊を吊るすと、その願いが叶う日。
それも、夢で見たとおり。

「何で?」
「何で?何がだ。」
「だから、どうして願いが叶うのー?精霊が降りてくるとかー、神様の誕生日とかー。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・織姫と彦星が、年に一度会える日だ・・・・・・。」
「何それ、面白そうー。もっと詳しく話してー?」
「・・・・・・・・・・お前、実は知ってるんじゃないのか・・・」
「えー、知らないよー?」

この後、黒鋼は約30分、彼の国の七夕伝説を語って聞かせてくれた。彼には似合わないけれど、ロマンチックで少し切ない星の世界のラブストーリー。
聞きながらずっと、今朝見た夢を思い出していた。当たり前のようにお互いの隣にいられる、自分たちと同じなのに、自分達とは違う、何処かの世界の2人の夢。

「で、願い事って何書けばいいのー?」
渡された短冊を見つめながら尋ねたファイに、黒鋼は疲れが混じった溜息を漏らした。
「テメエの願いくらいテメエで決めろ。」
「でも、叶わない願いを書いても、しょうがないでしょー?」
「叶わない願いが叶うのが七夕だろうが。書いたからって全部叶うわけでもないが、駄目もとで好きなだけ書いときゃいいだろ。」
「・・・・・・黒むーって意外とロマンチストかもねー。」
「・・・・・・っ!?」
褒めたつもりだったのだが、黒鋼は書き損じたのか、短冊を一枚丸めて捨ててしまった。
叶わないからと諦められるようなものを、願いとは呼ばないのかもしれない。夢の中の彼は、そう言いたかったんじゃないだろうか。
(だけど・・・)
「黒みゅー、なんて書くのー?」
「願いを人に言ってどうするんだ。」
「笹に吊るしたら、どうせ見られるでしょー?」
「・・・・・・お前はなんて書くんだ。」
「じゃあー、『黒りんに”ファイ”って呼んでもらえますように』ー。」
心にもない願いを口にしたら、黒鋼はまた書き損じたのか、書きかけの短冊を丸めてしまった。もう少し精神面の鍛錬が必要なようだ。

『お前の願いは?』
夢の中のファイは、その問いに、迷う事無く、答えた。
『黒様と、ずっと一緒にいられますように。』
(オレは・・・書けないよ・・・)
気がつけば、短冊には、さっき口にした心にもない願いを記していた。
(オレには、これが精一杯・・・)
だって、願うわけには行かないのだ。こんな自分が、彼とどこかで永遠に幸せに暮らしたいなんて。叶えることは愚か、願う事すら、許されない。
(でも・・・せめて・・・)
願いは何枚書いても言いといわれたから、もう一枚の短冊を手に取る。笹に吊るしたらどうせ見られるとは言っても、セレス国の字は、小狼でさえ解読できないようだから、その内容がばれる事はないだろう。
『別の世界のオレ達が、幸せでありますように。』
せめてこれくらいなら、許してもらえるんじゃないだろうか。

ロマンチストな黒鋼は、高いところに吊るした方が短冊が空から良く見えて願いが叶いやすいと言ったけれど、この短冊は一番下に吊るした。
それでも、笹に吊るす最後の瞬間まで、胸の奥がキリキリと痛んだ。自分には、何かを願うという事すら、許されないのではないかと。
「そっちのも上に吊るさねえのか。」
目ざとい黒鋼が、一番下の枝につるされた短冊を指差す。
「・・・・・・これはこのままでいいよー。」
「何でだ。」
「叶わなくていいからー。」
怒られるな、と予感して苦笑したら、案の定怒声が降って来た。
「叶わなくていい願いをぶら下げんな!!迷惑だろっ!!!」
「織姫様と彦星さんにー?」
「そうだ、文句あるかっ!」
「いえ、ありませんー」
黒鋼はやっぱりロマンチックだ。そんなことを考えながら、短冊をただ手に取って、ファイは切なげな微笑を浮かべる。
「でもねー、高いところから順番に叶えてくれるのならー、この笹の全部の願いをかなえてくれて、それでまだ余力があったらこれも叶えてくれるといいなー、くらいには思うんだよー?」
叶えてくれなんて言わない。けれど、ここに吊るしておくことだけは、許して欲しい。
(オレは、幸せになりたいなんて願わないから、せめて・・・)




そう、そんな、夢だった。

飾りも短冊も準備が済んで、七夕限定の笹林はあっという間に色とりどりに飾り付けられた。理事長が七夕呑み会を開くというので先生達は強制居残りで、星が出るのを待っている。
黒鋼とはファイは一番高い笹の下に並んで、自分達の短冊を見上げた。書かれた願いは2人とも、ずっと一緒にいられますようにと。
「叶うかなー。」
「叶うだろ。」
まるで未来が見えているかのような力強い口調で答えるから、本当に叶うような気がしてくる。ファイは嬉しくなって、そっと黒鋼の手を握った。

そこへ、ひらりと。
「あれ?短冊だー。」
何処かの笹から落ちたのだろうか。
拾い上げてみると、そこには確かに願いらしきものが書かれていたけれど。
「外国語か?」
「読めないねー。」
「留学生か、それともこの辺に住んでる外国人の家から飛んできたのかもな。」
「・・・吊るしてあげよう!この笹の一番上に!」
そう言ってファイは、1番背の高い笹を指差す。一番高い枝には、理事長と黒鋼の短冊が争うように並んでいるけれど、
「もう一枚くらい大丈夫だよね!脚立取って来るのは面倒だから、肩車して?」
「肩車って・・・。じゃあお前の短冊をそこに吊り下げたらどうだ。」
「オレのは黒様のが叶えば自動的に叶うし、大丈夫だよー。」
ファイがそういうと、黒鋼は少してれたように口元を緊張させて、しぶしぶといった風に地面に脚をついた。肩車、してくれるらしい。ファイは喜んでその肩を跨いだ。

(もしかしてって、思うんだー。)

「ねえ、自分の短冊ってさ、自分で吊るさなきゃ意味がなかったりするのー?」
「さあ。どうだろうな。昨日の理事長の全校放送では、授業はサボっても短冊は吊るしに来いって言ってたけどな。」
「あー、言ってた言ってた!あれって、どうなんだろうねえ。」

(もし、これが君が書いた短冊で、それをオレが吊るしたら、どっちの願いとして処理されるんだろう、なんてさー。)
別の世界の自分達が、幸せであれますようにと。

「でもこういうのは、想いが大事なんじゃねえか。」
「想いー?」
「この願いが叶うようにって、強く念じてやれば、風に飛んじまうような願いでも、何とか叶うんじゃねえか?」
「そうかー!そうだね!」

(オレが、願ってあげるよ。君が願えない分まで、強く強く。)

「君も幸せになれますように!」
「あ?誰に言ってるんだ。」
「えへへー、内緒ー。」
そういってファイは、短冊を笹に硬く結びつけた。

涼しい風が吹いて、笹の葉と短冊を揺らしていく。今は少し雲が多いが、風は乾いているから、きっと夜には晴れるだろう。
風に遊ばれる髪を押さえて、ファイは空を見上げ呟く。

「今夜の願いはきっと、よく叶うよ。」







4話目は堀鐔学園編にしてみました。兼ファイさんのお願い編。
ファイさんがファイさんの幸せを願ってるように見えて、
実はファイさんがユゥイの幸せを願ってるわけで、
それがまた良いと言うか何と言うか。
風に飛んできた短冊がホントにファイさんのあれだったのかどうかはご想像にお任せします。
そういえば、異世界の自分と遭遇ネタ、原作でやりませんね。
話の流れ的にもうなさそうだけど、番外編とかでやってほしいなあ・・。



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