星に願いを



「タナバタ・・・・・・?」
「らしいぞ。この国では今日が。」
「いや、その前にさー、タナバタって何?」
「あ?七夕って言うのは・・・」

笹に願いを書いた短冊を吊るすと、その願いが叶う日。

「へー、何で?」
「何で?何がだ。」
「だから、どうして願いが叶うのー?精霊が降りてくるとかー、神様の誕生日とかー。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・織姫と彦星が、年に一度会える日だ・・・・・・。」
「何それ、面白そうー。もっと詳しく話してー?」
「・・・・・・・・・・・・。」

話せというのか。よりによって黒鋼に。
天の川に隔てられた悲しい恋人達が、一年に一度だけ会うことを許され川を渡るという、日本国でも有数の、こっぱずかしいロマンチックラブストーリーを。

「お前、実は知ってるんじゃないのか・・・」
「えー、知らないよー?」

この後、黒鋼は約30分、よく知りもしない七夕伝説を語って聞かせる羽目になる。
それを聞いたファイの感想が
「いい話だけど、黒むーには似合わないねー。」
なのだから救い様が無い。

いいのだ、今日は彼らの逢瀬を祝う日ではなく、喜び浮かれた恋人達に願いを叶えてもらう日なのだから。




「で、願い事って何書けばいいのー?」
渡された短冊を見つめながら尋ねたファイに、黒鋼は疲れが混じった溜息を漏らした。
先ほどのラブストーリーの後遺症で、今は3日ほど話しかけないで欲しい気分だ。
自然と、返事もそっけなくなる(いつもの事だが。)

「テメエの願いくらいテメエで決めろ。」
「でも、叶わない願いを書いても、しょうがないでしょー?」
「叶わない願いが叶うのが七夕だろうが。書いたからって全部叶うわけでもないが、駄目もとで好きなだけ書いときゃいいだろ。」
「・・・・・・黒むーって意外とロマンチストかもねー。」
「・・・・・・っ!?」
思わず、一枚書き損じてしまった。追究はやめておこう。

「黒みゅー、なんて書くのー?」
「願いを人に言ってどうするんだ。」
「笹に吊るしたら、どうせ見られるでしょー?」
「・・・・・・お前はなんて書くんだ。」
「じゃあー、『黒りんに”ファイ”って呼んでもらえますように』ー。」

ぐしゃぐしゃぐしゃ

「黒たん、また失敗ー?」
「うるせぇっ!」

丸めた二枚目の短冊をゴミ箱に投げ入れて、黒鋼は三枚目を手に取る。
その前でファイはうきうきと何やら書き込んでいるが、本当にファイと呼ばれますようにと書いているのだろうか。黒鋼の位置からでは、願いの内容までは見えない。

『黒鋼と呼ばれますように』
(そんなもん書いてどうするっ!!)
「どうしたの、黒ぷー?」
「うるせえっ!」
理不尽な怒りをぶつけられても、ファイの笑顔は絶えなかった。

笹に吊るす短冊は、万人の目に晒される。プライバシーの保護も何もないこのイベントで、人に見られて困る願いなど、書けるはずが無い。
『強くなりたい』とか、『国に帰りたい』とか、『銀龍返せ』とか、そんなものでいいのだ。

少し考えて、『国に帰りたい』を外したのは、ファイが見たらまた、悲しそうに笑うのではないかと思ったからなのだが。




そして、小狼、サクラ、モコナの短冊も合わせて丁度10枚。
小狼は一枚、きっとサクラの羽根の事。
サクラも一枚、きっと小狼の事。
モコナは四枚。『家内安全』『交通安全』『健康第一』『大願成就』
(こいつの大願って何だ・・・?)
「黒鋼見ちゃ駄目ー」


「黒むー、これを吊るせばいいんだよねー?」
確認しながら、もうすでにファイは一枚目を枝に結び付けている。
「おい、もっと上にしとけ。」
「んー、何でー?」
「そのほうが良く見えるだろ。」

真面目にそう答えると、ファイはしばし目を丸くして、そしてぷっと吹き出した。

「黒様、やっぱりロマンチストだねー。」
「ああ?」
「だって、織姫様たちがいるのは空のず――――っと上でしょー?こんな1メートルくらいの差が決め手になるとは思えないよー?」

言われてみるとその通り。

「いいから黙って上に吊るしとけ!!」
怒鳴られて、ファイは笑いながら2枚目の短冊を精一杯上の方に吊るした。その更に上で、黒鋼の短冊が二枚揺れている。ファイの一枚目は一番下の枝に。

「そっちのも上に吊るさねえのか。」
「よく見えるようにー?」
「そうだ、悪いか。」
「うーん・・・・・・これはこのままでいいよー。」
「何でだ。」
「叶わなくていいからー。」

またこいつは・・・・・・。
黒鋼の眉間によった皺を見て、ファイの笑顔が苦笑に変わる。
怒鳴られることくらい、予想の範疇だろう。

「叶わなくていい願いをぶら下げんな!!迷惑だろっ!!!」
「織姫様と彦星さんにー?」
「そうだ、文句あるかっ!」
「いえ、ありませんー」

でもねーと、短冊をほどくわけでもなく、ただ手に取って、ファイは切なげな微笑を浮かべる。

「高いところから順番に叶えてくれるのならー、この笹の全部の願いをかなえてくれて、それでまだ余力があったらこれも叶えてくれるといいなー、くらいには思うんだよー?」

だから、願い事の優先権は黒様にお渡ししますー。
そう言って先に屋内に戻るファイを見送って、黒鋼はそっとファイの短冊を手に取った。
叶わなくてもいいけれど、叶うといい願いとは、一体どんなものなのかと。
細長い短冊に、それはたった一行。

「・・・・・・・・・読めねえ・・・・・・。」

当たり前だ。今更だ。


どうやら七夕というのは、黒鋼が思っているよりプライバシーは守られているらしい。

乾いた風が吹く。今は少し雲が多いが、今夜はきっと晴れるだろう。
恋人達の逢瀬が叶えば、笹の願いも良く叶うはず。

「もう一枚、追加しとくか・・・・・・。」




翌朝、最後の一枚が効いたらしく、黒鋼は聞き慣れた甘いトーンで目が覚めた。

「黒鋼、おはよう・・・。」

モコナの108つの秘密技其の壱・声真似。

七夕にプライバシーなどありはしない。ファイは知らないその短冊の内容に、黒鋼はしばらくモコナにからかわれる羽目になる。




織姫と彦星も、この馬鹿馬鹿しい願いはあっさり流したらしかった。








              願いは自分で叶えるものだというお話(どこが。)
              うちのモコナ、性格悪くないか・・・?
              我々はですね、学校に小さな笹を持って行き、
              単語カードに願いを書いて吊るします。
              風流でしょ。(何が。)
              しかし7月7日は、毎年期末テスト中ですので、
              願い事がワンパターンだよ、皆・・・。
              ファイさんの願い事はご自由にご想像下さい。






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