恋物語の始め方







昔々、というほど昔の話でもないのだけれど、つい最近というにはそれなりの時間は過ぎていて、では具体的にどれくらいなのかというところまで言及してしまうと、自分のヘタレ具合がばれかねないのでそのあたりは適当に誤魔化しておく事にして。

どうやら恋をしてしまったようだ。
相手はそれなりに前にこの学園にやってきた転校生。病弱というわけではないのだが、とある事情で保健室の常連となっている。彼は、転校初日からそうだった。初めての出会いは、校庭で転んだ彼を助け起こしたところから始まる。



「大丈夫ですか?」
「す、すすすすすみません!!」
ばっと顔を上げた少年は、自分が転んだ事で多大なる迷惑をかけてしまったかのように物凄い勢いで頭を下げた。男子の制服を着ているから男子だと分かったが、少女のような顔をした少年だ。しかし保険医たるもの、相手の顔に見とれる前にすることがある。
「ああ、手から血が出ていますね。一応消毒しておきましょう。さあ、保健室へ。」
「いえ、そんな!これぐらいいつものことですから!」
今時漫画でもそう見ないようなかなり派手な転び方をしていたと思ったが、あれがいつものこととは、一体どれだけ・・・この後の言葉はあまりにも失礼に当たるので明言は避けよう。
「まあそういわずに、僕も仕事がしたいんですよ。」
「お仕事・・・ですか・・・?」
「初めまして、校医の星史郎といいます。よろしく、昴流君。」
彼の顔には見覚えがあった。今朝理事長に見せられた、今日からこの学園に通う事になったという転校生だ。



「確か双子で転校してくるという話でしたが、もう一人はどうしました?」
消毒を終えて、絆創膏を取り出しながら、星史郎は昴流に尋ねた。
「神威ですか?」
「ええ、確かそんな名前でしたね。」
双子だと言っても、昴流より幾分目つきの鋭い、性格のきつそうな少年だった。綺麗な顔はしていたが、不用意に手を伸ばすとかみつかれそうな。
「それが、学園の中を見て回ってるうちにはぐれてしまって・・・」
「ああ、広いですからねえ。」
「というか、僕がそそっかしいんです。」
おっと、さっき明言を避けた言葉をあっさり言われてしまった。
「さあ、絆創膏をはるので、もう一度手を出してください。この後、よかったら一緒に探しましょうか。学園の案内もかねて。」
「え、そ、そんな・・・ご迷惑では・・・」
「大丈夫です。この学園は健康な子が多くて、保健室はいつも開店休業なので。」
話をしながら作業をしていたら、指先に少し痛みが走った。
「あ・・・指、切れてるんですか?」
「ちょっとね。」
人差し指の側面、今朝書類を読んでいるときに、紙の端でやってしまった。もう血は出ていないのだが、かなり深く切ってしまったようで、物が当たると少し痛い。
「あの、良かったらこれ。」
昴流が、絆創膏を差し出した。水色地に白い兎がプリントしてある可愛い絆創膏だ。
「僕、よく転ぶから神威に持たされてて。良かったら使ってください。」

そのとき、
「昴流!」
ばんっ!、と保健室の戸が開いて、写真で見たもう一人が飛び込んできた。どこかで目撃情報でも得てきたのだろうか。昴流は校内で迷って転んで保健室送りなのに、一人でここまでたどり着けるということは、神威の方は方向感覚はしっかりしているのだろう。
「神威!」
昴流はぱっと顔を輝かせたが、神威は不治の病でも告知されてきたかのような悲壮な顔で昴流に駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「うん、ちょっと転んだだけなんだ。もう手当てもしてもらったし。」
ほら、と、絆創膏が張られた手を見せる。たいしたことがないというのが分かったのか、神威はほっと息を吐いた。
「心配したんだぞ、突然いなくなるから。」
「うん、ごめんね。」
はぐれたのは昴流の方だというが、神威よりも昴流の方が、こういう状況に慣れている風に神威をなだめているのがなんだか面白い。

「さあ、行こう。理事長に挨拶しに行かないと。」
意外にまともな事を言って神威は昴流の手を引いた。しかし昴流がしばし引き止める。
「あ、ちょっと待って。」
昴流は、立ち上がると、星史郎にぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございました。あの、多分何度もお世話になると思うので、よろしくお願いします。」
保健室にお世話になる宣言とは穏やかではないが、きっと何度もお世話してしまう気がするので、そこは合えて拒否せずに微笑んでおく。
「ええ。しっかり覚えて置いてくださいね、ここの場所。」
「はい。」
昴流は良い返事をすると、今度こそ神威に手を引かれて保健室を出て行った。
そういえば、学園の案内をしそこなってしまった。しかしまあ、双子の片割れがしっかりしているようだから、必要ないだろう。

それにしても。

「保険医に、保健室で絆創膏をくれるなんて。」
彼はこの滑稽さに気付いているのだろうか。
絆創膏を上げた経験なら何度もあるが、貰ったのはこれが初めてだ。しかもウサギさんプリントとは。
こんなものを指に巻いていたら、侑子に格好の的にされそうだ。随分似合わないものを巻いてるわね、一体どういう風の吹き回し?とか。
こんな答えはどうだろう。
「運命の人に貰いました、なんて。」



今朝、どうして健康上の問題もない転校生の資料をわざわざ自分に見せてくれるのかと聞いたら、侑子はこう言っていた。
『運命を感じたから。』
こんな風に仕組まれたような始まり方はあまり好みではないのだが、うっかり絆創膏のウサギさんと見詰め合ってしまっている自分の図にある推測が立つ。


「恋を、したかもしれませんね。」




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でも昴流君が純粋すぎる上に先生と生徒ってやっぱりどうなんだろうとか色んな要素が働いてなかなか手が出せないながらもじわじわと着実に攻め落としに入ってると自分で思ってたら昴流君本人には全然気付いてもらえないのに神威にばっかり勘付かれて警戒されて巧妙かつあからさまに昴流君を遠ざけられて余計に攻めにくくなっちゃう、みたいな星史郎さんの恋物語がここから始まるのかもしれませんが、そこは描く予定はありません。とか言っといて、そのうち第三弾とかやりたくなったらサイドストーリー的にやってるかもしれない。行き当たりばったりシリーズなので全ての予定は未定です。



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