運命は  きっと音楽に似ている






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まさか黒鋼がそんなものに興味を持つなんて、一体誰が想像し得ただろうか。
昨日『猫の目』に運び込まれた黒光りする大きな楽器。
ファイに教えられるまで『ピアノ』という名前すら知らなかったくせに。
さっきから、かれこれ10分ほど、その前に座って鍵盤を睨んでいる。
時刻はもうすぐ日付が変わる頃で、鬼児狩りから帰った後、小狼は部屋に戻ってしまった。
昼間の修行もあって随分疲れているようだったから、もう眠ってしまっただろう。
サクラは夕方に眠りに落ちたきり。
モコナもワンココンビが帰る前に、ソファでうとうとしていたのをサクラの部屋に置いてきた。
こんな時間に店内に客がいるはずもなく、今この空間には、ピアノを凝視している黒鋼と、
そしてそれを無言で、しかし期待を込めて見守るファイ。
(弾く気かなー?)
似合わないにも程がある、なんて言ったら失礼だろうか。
まあ誰も弾かずに飾っているよりは、あんなのでも触ってくれた方がピアノも
(って、これも失礼かー)
黒鋼にバレない程度にファイがくすくすと笑ったとき、黒鋼が右手を動かした。
惚れ惚れするような一本指奏法。
響いたのは連続した8つの音。
(ファソラシドレミファー?)
絶対音感はないので自信はないが、少し聞きなれない位置から一オクターブ。
「普通『ド』から弾かないー?」
「ド?」
成る程、ドレミも知らないか、と、ファイは立ち上がってピアノに歩み寄る。
数日前に鬼児に襲われて痛めた足を気遣って、黒鋼が椅子を空けてくれる。
「いいよ、弾くんでしょー?もう一つ椅子運ぶからー。」
そう言ってピアノに一番近い椅子を引くと、すかさず横から奪われた。
何も頼まなくてもピアノの前に二つの椅子が並ぶ。
何だかんだと言いながら・・・
「黒様やっさしーv」
「・・・・・・授業料だ。」
と言うことは本当に弾く気なのか。
「あー・・・じゃあ、ここが『ド』でー、順にドレミファソラシドーで、一オクターブ。」
「一億・・?」
「一オクターブ。一セットみたいなものかな。とりあえずドレミだけ覚えてくれればいいよー。」
「ドレミ・・・ファ・・・」
「ソラシドー♪」
(あ、楽しいかもー)
今までになかったタイプのコミュニケーションに、少し胸が躍った。
10分ほども経てば、黒鋼も何とか一本指奏法を脱し、たどたどしいながらも一オクターブ、往復できるようになった。
そうなると、少し欲が出てくる。
「楽譜が欲しいねー。」
ドレミだけ並べていてもつまらない。やはり弾くからにはメロディーがないと。
「どこかで売ってるかなー。明日探しに行こうかー。」
「弾けるのか?」
「弾けないけどー。楽譜の読み方くらいは知ってるから、ちょっと練習すればー。」
「ん。」
「ん?」
黒鋼は懐から三つ折にした紙を取り出してファイに渡した。
ファイが受け取って開いてみると、
「楽譜だー。」
曲名はこの国の言葉で読めなかったが、楽譜の書き方は知っているものと同じだ。
「どうしたの、これー?」
「お前が弾きもしない楽器を買ってきたって言ったら、白詰草の女が譲ってくれた。」
「織葉さんー?『連れて行って〜♪』ってやつー?」
「別のだ。あの歌は嫌いだからな。」
それはまさか本人に向かっても言ったんじゃないだろうな、と思ったが、肯定されるのが怖いので口には出さない。
そしてファイにとってはそれよりも、外で黒鋼が自分のことを話題に出したことが意外で、そして少し嬉しかった。
緩む口元を隠して楽譜を開いて目を通す。
「和音が多いねー、難しそう。テンポは遅いから何とかなるかなー。」
織葉はかなりファイの腕を過信してくれたようだ。
そんなに弾けそうな顔をしているだろうか。
「ワオン?」
「・・・?ああ、和音ねー。こういうのだよ。」
犬の鳴き声かと思った、なんて考えながら、ファイは3つの鍵盤を同時に押さえた。
3つの音が、綺麗に交じり合って店内に響く。
「そんなのもありか。」
「ありですー。」
驚くほどの事かなーと笑うファイの隣で、早速黒鋼も適当に3つ鳴らしてみる。
そして、鳴った音に顔をしかめた。
「・・・・・・・・」
「不協和音だね。音にも相性があるから。」
「めんどくせえな。」
「オレは好きだけどなー。」
「何が。」
「だから、不協和音ー。なんか・・・オレ達みたいじゃない?」
 
同時に鳴っても響きあわない音は、余韻も残さず消えるくせに、不安定な印象だけを強く残して
 
「・・・・・・オレ達ってのは・・・何処を指して言ってんだ・・・。」
「皆だよ、皆。」
 
ファイも黒鋼も小狼もサクラも。一緒に旅してはいても抱える思いはばらばらで、決して重なることなどないはずで、
そしていつか、余韻も残さずあっさり消える関係なのに、きっと、その後も胸に焼きつく印象は――
 
「なんてこと言ったら、また嫌われるのかなー?」
笑顔を繕って見上げると、紅い瞳に睨まれた。やっぱり怒らせてしまったようだ。
(あれ、違うな・・・)
気づいてファイは笑みを消した。
自分なんかより、黒鋼のほうがよっぽど、感情が読み取りにくいと思う。
もともと目つきが鋭いから、少し難しい顔をすれば怒っているように見えるし、
どんな負の感情も、燃えるような紅い瞳が隠してしまう。
それでもじっと見つめれば、
「・・・哀しいの・・・?」
読み取った感情の理由が分からなくて、彼に触れようと手を伸ばせば、
途中で手首を掴まれて、代わりに黒鋼のほうから顔を寄せる。
「く・・・・・・」
不意打ちに近いキスを戸惑いながらも受け入れると、後頭部を捕まれて強引に深められた。
「んう・・・」
吐息までも貪る様な激しいそれに、思わず黒鋼の肩を押して身をよじる。
体が、傾いだ。
「う、わ・・・」
そんな事をしなくても黒鋼が支えてくれただろうが、それより先に咄嗟に手を付いてしまった場所には蓋を開けたままのピアノ。
 
無情な和音が豪快に室内に響いた。
 
「っ・・・・・・」
その音の予想外の大きさに思わず二人で体を強張らせて、そしてその余韻が消えるまで、じっと息を殺した。
年少組みが起きてくる気配がないことを確かめて、ほっと息をつく。
しばしの沈黙を、最初に破ったのはファイ。
「何で・・こんなこと・・・・・・もっと、弾いてよ・・・せっかく楽しかったのに・・・・・・」
「・・・てめえが、先にぶち壊したんだろうが。どうして・・・」
こういうときに限って、自虐的になるんだと。
出かかった言葉は少しきつ過ぎる気がして、飲み込んで黒鋼はピアノの蓋を閉じる。
きっとそれを言えば今度は、うちに溜め込むだけだから。
「白けた。もうやめる。」
「・・・・・」
希望が叶えられないことを悟って、ファイの瞳が翳る。
指に力が入って、手の中で楽譜がくしゃりと音を立てた。
それを、皺が付く前に黒鋼がそっと奪い取る。
「あの女が・・・」
「・・・織葉さん・・・?」
「ああ。これの読み方は、そんなに難しくねえって言ったんだが、どうなんだ?」
「え、うん・・・。読むだけなら、黒むーでもすぐ読めるようになると思う。・・・弾いてくれるの・・・?」
「こんな細かい楽器は俺にはむかねえ。弾くのはお前だけで良い。」
「・・・・・・」
やはり、叶えられない。
しかし俯くと、黒鋼の大きな手が少し乱暴に髪を撫でた。
「でも、これの読み方くらいは覚えるつもりだ。だから、明日また、小僧等が眠ってから」
「・・・・覚えてくれるの・・・?」
「お前の国の文字より読み易そうだからな。何かあったとき、通じるもんがあった方が良いだろ。」
「・・・これで意思疎通しようと思ったら、お互いかなり訓練しなきゃいけないと思うけど・・・。」
そもそも楽譜がなんなのか分かっているのだろうか。
「・・・でも・・・じゃあ、オレがこれ弾けるようになったら、黒むーが歌ってくれる?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・時と場合によって・・・考えても良い・・・。」
少し嫌そうな顔をしながらもそう答えてもらって、ファイはやっと笑顔を取り戻して楽譜を受け取った。
 
いつか、二人の言葉が通じなくなったとしても
同じものを見て同じことが分かるなら
一つの音符を見て同じ音が出せるなら
いつか二人は、同じ歌を歌える
 
「だから、貰ってきてくれたの?この楽譜。」
「・・・・・」
黒鋼は無言で立ち上がる。
それがきっと肯定の証。
少し、近付きたかったのだ。
気づけなくて、突き放すようなことを言って、哀しませてしまったけれど。
「・・・オレ、明日から練習するよ。すぐ弾けるようになるから!」
「・・・・・・ああ。」
小さな返事が嬉しくて、ファイは楽譜をそっと胸に抱いた。
 
 
運命はきっと音楽に似ている
最初はばらばらの音だって
一つ一つあわせていけば
いつか一つの歌になる


Fin.




きっと個人情報操作されたんですって。無愛想な黒忍者、実は歌心ありとか。どういう萌なんだ千歳さま!
え、何言ってるんですか、桜都国に入ったらキャラは、千歳様の萌ゆくままに、人格改造されるんだぞ!!
金髪魔術師、お酒に弱くて飲んだら猫化、とか。
黒鋼さんがこの国の間、いつもの三割り増しで鬼畜入ってたのもきっと千歳様の御技によるのではないかと思っています。
素晴らしいです千歳様!ツバサNo.1腐女子の地位は文句なしに貴方のものだ!!(侑子さんはホリックのトップと言うことで)
ファイさんがピアノを弾けないということには少し疑問を感じるんですが、まあそれはそれとして。
黒鋼のための新しい曲を弾くんだから、今回はどっちでも良いやという感じ。
ファイさんはテンポの遅い曲(恐らくバラード)を黒鋼さんに歌わせる気なのかしら・・。




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