天の龍ほど仲良しこよしではないとは言っても、地の龍だっていざとなったら協力し合う事もある。




モバイルフォン・パニック




地の龍の破壊活動が本格化し始めた頃のある日、星史郎は地の龍の夢見・牙暁の夢の中に遊びに来た。特別仲が良いと言うわけではないのだが、同じ星の下に生まれたという理由だけで集った他のメンバーよりは話のネタがある。少し時間を潰したい時なんかは、今昴流が何をしているか、なんて訊いてみたりする。まあ要するに、彼の夢見能力を、昴流の観察に使っている。
しかし今日は生憎、先客がいた。地の龍の神威こと桃生封真。彼は牙暁より早く星史郎に気づくと、いつものどことなく胡散臭い笑顔で挨拶を寄越した。
「こんにちは、星史郎さん。」
「こんにちは。学校はいいんですか?」
「もう壊しました。」
「なるほど。」
そういえば、都庁の地下に地の龍全員が集った後、彼が学校に行っているという話を聞いた事がない。全国の学生の夢を体現したような男だ。
さて、せっかく三人も集まったのだから。
「お茶でも飲むか?」
封真が牙暁にそう提案する。
「お茶・・・ですか・・・」
牙暁は少し戸惑った顔をしたものの、そこは流石に夢の中。次の瞬間には西洋風のお茶会セットが並んだ。少し意外だ。彼の容姿からして、本格的和風茶室でも出てくるかと思ったのだが。三人でテーブルを囲むと、さながら不思議の国のアリスの奇妙なお茶会。
(僕は帽子屋あたりですね)
そんなことを考えながら口にした紅茶は
「あ、北都ちゃんの味に似てますね。」
「・・・・・・」
ネムリネズミはしばらく無言で星史郎を見つめて、あまり触れられたくなかったのだろう、少しだけ話題を逸らした。
「そういえば・・・北都の弟・・・」
「昴流君が何か?」
「携帯電話を買いましたね。」
「・・・・・・」
それは初耳だ。しかし、
「ああ。緊急時に連絡が取れるようにって、天の龍全員持つ事にしたらしいですよ。」
その緊急時を作り出す一因は知っていたらしく、さらりとそういって紅茶をすする。
「ちなみに昴流君の番号とアドレスは?」
牙暁に問うと、
「そんな個人情報まで夢に見ませんから。」
少し軽蔑の眼差しを向けられた気がした。封真がさりげなくフォローに回る。
「それに、メールを送りあうような仲じゃないでしょう?」
「確かに・・・昴流君は機械に弱いですから、メールなんて打てないかもしれませんね・・・。」
封真が言いたかったのはそういう問題じゃないだろうが。
「でも一応知っておきたいじゃないですか。」
「まあ、気持ちは分かりますけど。」
「ついでにラブ定額とかしてくれると嬉しいですね。」
「あれ、携帯持ってましたっけ?」
「ラブ定額のためなら買いますよ。」
しかし電話を掛け合う間柄ではない。
「でも、あの人のラブ定額は神威が抑えてますよ?」
「は・・・?」
「勉強聞きたいときに掛けていいかとか話してたら、店員が勧めたんです、ラブ定額。」
何かを弁えている店員だ。
「なんて余計な事を・・・。じゃあファミ割ですね・・。」
入籍?
「まあ、神威の携帯は、今度会った時にさりげなく潰す予定ですけどね。」
そのさりげなさの演出の為に街が一つ破壊されるのは尊い犠牲だ。
「ところで君は神威の番号知ってそうですね。」
「ええ。神威の事なら何でも。」
いいな!
と星史郎が心の底から叫んだかどうかはともかくとして。
「情報関係は牙暁より颯姫が強いですよ。」
という助言を貰って、星史郎は夢から覚めて一路都庁地下へ。


そこでも颯姫と遊人がお茶していた。これは、颯姫にぞっこんのあのコンピューターは機嫌が悪そうだ。そう思いながら事情を話すと
「個人の電話番号くらいなら簡単ですよ。」
そう言ってコンピュータールームに案内される。なれた足取りで『獣(ビースト)』に乗り込んだ颯姫を『獣』の麓で遊人と待っていると、なにやら上の方でもめる声。
「どうしました?」
星史郎が問うと、颯姫が困惑した顔を向ける。
「『今そんな気分じゃない』と・・・」
「ああ・・・」
やはり不機嫌なようだ。
恋の苦悩を知っているなら、他人の恋路を応援してくれてもよさそうなものだが。
「恋敵がいるなら暗殺しますよ?」
『獣』に向かってそう囁いてみると、
「電話番号くらいで人を殺さないでくださいよ。」
遊人はそう言って苦笑した。自分がターゲットだという事は分かっているのだろうか。

「そういえば、麒飼さんは区役所にお勤めでしたよね。」
「はい。」
「区役所の書類に携帯番号を書いたりすることはないんですか?」
「携帯電話はなかったと思いますね。それにあったとしても僕は戸籍係なので、結婚か出産でもして頂かないと。」
「・・・・・・」
それはそれで大変な事態だ。戸籍係が駄目なら、税務署か国民年金担当窓口辺りだろうか。
「税金関係は本家で手続きしてるかもしれませんね・・。地球の未来に何の興味もない彼が年金払ってるとも・・・いや、年金は人への優しさから払ってるかもしれませんね。おばあ様も年金生活でしょうし・・・」
「その辺の書類にも携帯電話の番号は・・。それにその携帯、最近購入したものなんでしょう?各種手続きは大体春に終わってしまいますよ。」
「あ・・・」
そういえばそうでした。

「電話番号なんて本人に直接訊けばいいのでは?」
不意に第三者の声。
「やあ、ナタク。」
新しく登場した人物に遊人が手を振る。
しかし住所不定無職のクローン人間は今回は役に立たなさそうだ。
「直接といっても・・・面と向かっては聞きにくいんですよね・・・」
「どうしてですか?」
「どうしてと言われても・・・」
面と向かうと攻撃されますから。
「ナタクはちょっと人情の機微に疎いんですよ、気にしないでくださいね。」
遊人が横からフォローを入れる。感情を持たないらしいナタクには機微どころの話ではないと思うが。
「でも直接訊いてみるのはいい手かもしれませんよ?案外すんなり教えてくれるかも。直接は拙いなら、自宅に電話でもしてみたらどうですか?」
「自宅・・・」
自宅の電話番号すら知らないと言ったら、情けなさすぎるだろうか。昔の番号はあの事件の後、おばあ様が変えてしまわれたようだし、居場所は分かるのでわざわざ電話をかけるような用もこれまではなく。
「電話番号なら、電話で教えてくれるサービスがありますよ?」
「僕が知らない彼の情報を他人に得意気に教えられるのは嫌です。」
別に得意気な対応はされないと思われるが。
「となると・・・」
「電話帳・・・」
ナタクがポツリと呟いた。彼は案外良い案を出してくる。役に立たなさそうだなんて失礼だったかもしれない。

というわけで。都庁を出て最初に目にした電話ボックスに入り、めくってみました電話帳。
電話帳を必死の形相でめくる桜塚護というのはなんともレアな図だが、今はそんな事には構っていられない。
(スメラギ・・・スメラギ・・・スメラギスバ・・・)
載ってない。
「どうしてっ・・・!!」
載せてない人の分は載っていないのだ。ここにないということは電話サービスでも教えてくれないだろう。皇昴流に御用の方は京都の本家をお通しください。
(こうなったらおばあ様と全面対決するしか・・・!)
電話ボックスの中で追い詰められていると、コンコンとガラスをノックされた。次の人だろうかと顔を上げると、そこには見知った顔。
「ああ、志勇さん・・・」
「また珍しい所で会ったもんだ。何やってんです?」
「実はかくかくしかじか・・・」
「ははあ・・。それなら手紙でも送ってみたらどうでしょう。」
「でも・・彼は手紙のチェックなんてしなさそうで・・」
「じゃあ直接手渡せるように、鳥にでも届けてもらうとか。」
「鳥?」
何をメルヘンな。と思ったが、そういえば彼はがたいに似合わず、動植物とお話ができるメルヘン能力者だった。今も肩にスズメが一羽。
考えてみればなかなか良いアイディアかもしれない。
「そうですね・・・。鳥といっても式神なら、確実に届けてくれますね・・。」
というわけで、取り出した札の裏面にメッセージを書いて、それを鳥の姿に変える。
『携帯電話の番号とメールアドレスを教えてください。』
ファミ割りはせめてメル友になれてから申し込もう。
そう心に決めながら飛び立った鳥を見送ると、草薙が肩を叩いてくれた。
「上手くいくと良いですね。」


場所は戻ってこちらは続・奇妙なお茶会。牙暁の能力で星史郎のその後を追いながら、封真はゆったりとティーカップをテーブルに戻す。
「結局手紙にしたのか。」
「そうみたいですね。」
「上手くいくかな。」
「見てみますか?どうなるか。」
「いや、先見じゃなくて予想で。どうなると思う?」
「そう・・・ですね・・・。では、『彼の式神だと気付かれて届く前に撃ち落される』で。」
「手厳しいな。じゃあ俺は『教えてくれるけど着信拒否』で。」
「矛盾してませんか?」
「恋というのはそういうものだ。」
「着信拒否されてるんですか?」
「さあ、どうかな。」
にこりと微笑んで封真は席を立った。
「どちらへ?」
「食後の軽い運動だ。あいつの携帯電話、壊してこよう。」
俺にかけてこない電話なら存在する価値がないからな。
見送った背中にはそう書いてあった気がした。

封真の姿が消えてから、牙暁は夢を、少しだけ未来に早送る。
全ての結末は、今はただ夢見のみが知る。




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25万打キリ番ゲッター・アカネ様からリクエストいただきました。
『]の星昴ギャグ小説』。
私 は 今 試 さ れ て い る・・・!と真剣に思いました。この二人のギャグは難しい・・!!
それでも何とか書き上げましたが如何でしたでしょうか。っていうかよく見ると昴流出てなくてすいません・・。
1999年にラブ定額ないよとかそういうとこは突っ込まないでください・・。]世界に存在する携帯会社は現実世界より早くやってたんですよ・・!!この物語はフィクションであり実在の会社・団体等とは一切関係ありません。
それでは、アカネ様、素敵なリクエストをありがとうございました。



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