だから貴方は、この目を僕にくれるんですか・・・・・・?






たまあか
魂灯り







「オンバザラダルマキリソハカ  オンバザラダルマ・・・」
『ありがとう・・・』

詠唱の合間に聞こえた声に薄く目を開くと、その人は安らかな笑みを浮かべて、柔らかな光に包まれていた。




「ご苦労様でした。」
「星史郎さん、どうしてここに・・・?」
除霊を終えた建物から出て、昴流はそこにいた人物に僅かに目を見張った。
しかし、よくあることだ。この男が、昴流の仕事が終わる頃を見計らって、車で迎えに来るのは。情報源は姉の北都。今回もおそらく。

「北都ちゃんに申し付けられましてね。愛しの昴流君を夜遅くに一人で帰らせて、危険な目に遭わせたくなければこちらまでお迎えに上がるようにと。」
「危険な目って・・・。」
「僕といるほうが危険ですか?」
「えっ、いえ、そういうわけではっ・・・!」

自分の身を守れるくらいの体術は身に付けていると、そういうつもりで呟いたのだが、思わぬ方向にとられて昴流は大きく頭を振った。

「星史郎さんは、そんな人じゃありません。」
「そうですか?ありがとうございます。」

断言された自分の虚像に、星史郎はいつもどおりの笑みを返し、昴流のために助手席のドアを開けると、自分も運転席に乗り込む。そしてキーを差込み、けれど、回すことは躊躇した。

「星史郎さん?」
「昴流君があんまり可愛いことをおっしゃるので、このまま帰したくなくなってしまいました。」
「は・・・?」
「かと言って、それほどまでに信頼して頂いているのを、あっさり裏切るワケにも行きませんし・・・」
「あの・・・星史郎さん・・・・・・?」

突然の話の流れに付いて行けず、困惑の眼差しを向ける昴流ににっこり微笑むと、星史郎はやっとエンジンをかける。

「昴流君、少しドライブしましょうか。」




帰るべきはずの新宿には向かわず、千代田区を抜けて港区に入る。
少し長距離の夜のドライブ。

「何処へ行くんですか?」
「何処だと思いますか?」
「・・・・・レインボーブリッジ。」
そう答えたのは、車窓から見えた案内標識に、たまたまその名を見つけたからなのだが、運転席からは、「正解」という少し嬉しそうな言葉が返ってきた。

その言葉どおり、星史郎は橋の上、真ん中より少しお台場に近い場所で車を止めた。
「どうぞ、昴流君。」
こんな所で何をするのか、全く予想できないまま、昴流は星史郎に促されるまま車を降りる。
この時間、橋の上に他の車の姿はない。

「星史郎さん、あの・・・」
「昴流君は、夜景はお好きですか?」
「え、はい・・・。」
「それならよかった。ほら。」

指し示された方向を見て、思わず感嘆の声が上がった。
「わあ・・・・・・」
視界に飛び込んだのは、向こう岸一面に広がる白い光の都市。
不夜城都市東京を彩るネオンの灯り。

「お気に召しましたか?」
「はい、すごく綺麗ですっ!」
車の免許を持たない昴流は、この橋の上から東京の夜景を眺めるのは初めて。いや、こうして連れて来てもらわなければ、見ようという気さえ起きなかっただろう。ここが夜景の名所だとは知らなかった。

喜ぶ昴流の横顔を見て、星史郎がくすりと笑う。
「本当にお好きなんですね。どこがそんなにお好きですか?」
「どこが・・・ですか。えっと・・・見ていて、落ち着く気がします。」
その下を歩くと眩しすぎる光は、こうして離れて眺めると、どこか優しいぬくもりを帯びている。

「魂灯りに似てますね。」
「え・・・?」
不意に星史郎の口から出た言葉に、昴流は驚いて彼を見上げる。
丁度今、自分も同じことを考えていた。
「似ていると思いませんか?命の最後の輝きに。」
「はい・・・。」

魂灯り。それは、ついさっきも見た、霊魂が最後に放つ、白く柔らかい光。

「でも・・・それじゃあ・・・・・・」
「東京が、死ぬことになってしまいますね。」
昴流の台詞の先を読んで、星史郎はおかしそうに笑った。

けれど、何を笑ったのだろう。
自分の言葉の馬鹿馬鹿しさを。
その言葉が捉えている現実を。
それでも死への道を楽しむこの街を。

「昴流君、」
不意に星史郎は表情を引き締める。
それはいつもの、ボケの前触れの真面目さではなく、今夜は雰囲気まで真剣な。
「僕の魂灯りは、昴流君が見届けてくれませんか?」
「え・・・・・・?」
あまりにも予想外な言葉に、昴流は大きく目を見開いたが、星史郎は平然としている。
「そんな顔をしないで。先に生まれたものが先に死ぬのは、自然の摂理でしょう?」
「あ・・・・・・」

そうだ。驚く必要はない。今日明日の話をしているのではないのだ。もっとずっと先の。
けれどなぜか、そう遠くない話に聞こえたのだ。今日明日ではなくとも、少なくとも数年後の。


言いようのない不安に駆られる昴流に、それでも星史郎は調子を変えることなく続ける。
「昴流君が亡くなる時は、僕が見届けますよ。昴流君の、命の最後の輝きを。」
「僕が先に死んだらですか?」
「いいえ。僕が先に死んでも。」

無茶なことを言う。互いの魂灯りを見ることなど、出来るはずがない。
どちらかがどちらかの魂灯りを見た時点で、片方は魂さえ、現世から消えているのだから。

「無理ですよ・・・・・・」
「いいえ、大丈夫ですよ。」
「どうやって・・・?」
「さあ。そのときになったら、考えましょう。」

成就されるはずのない約束を、成就させると言って微笑む。

あの時彼は、こうなることを知っていたのだろうか。




「星史郎さんっ!!」
「駄目だ、昴流!橋が・・・っ!!」

彼の血に濡れた手を必死で伸ばした。しかしその手はもう彼に届くことはなく、崩れゆく橋の中に、最後の命の輝きさえも。

約束を違えたのは、生き残った昴流の方だった。



それでもまだ、彼がどこかにいる気がして。
魂灯りを自分に見せるために、どこかで待っている気がして。
東京中を、彷徨うように捜しまわって、最後に彼の生家に辿り着いた。

やっと彼を見つけた。



約束を、成就させる方法が分かったんです。
互いの魂灯りを見ながら、二人で一緒に逝けば良い。

それじゃ・・・駄目なんですか・・・・・・?




『僕の魂灯りは、昴流君が見届けてくれませんか?』
『昴流君が亡くなる時は、僕が見届けますよ。』


彼は命の輝きではなく、目だけを昴流に遺した。
きっとこれが彼が見つけた、約束を成就させる方法。


一緒に生きるのだ。
これは二人の命。
それが果てるときは、それぞれの目で互いの輝きを。


そうやって貴方は僕を、無意味な生に縛るんですね・・・・・・


一人で見下ろす東京には、もうネオンさえ灯らない。
最後の命の輝きさえ失った廃墟の中で、どうして一人で生きていけと言うのか。
守りたいものさえもう何もないのに、この目のために自分で命を絶つことさえ出来ずに。

そして、それさえどうでも良いと感じるほど、彼と生きていることで満たされている自分がいるとしたら。



『・・・昴流君・・・僕は・・・君を・・・・・・』


星史郎さん・・・それでも僕は貴方を・・・・・・



呟く声がどこかに届くはずはないのに、いつかと同じ笑顔で、彼が微笑んだ気がした。








       19999ゲッター、あお様のリクエストで書かせて頂きました。お題は、星X昴「ネオン」。
       裏がいいなーみたいなニュアンスを感じたので、あえて健全路線で(嫌がらせか。)
       打ってる途中でふと気になって調べてみると、レインボーブリッジの完成は1993年だと
       いうことですので、もしかするともしかしますが気にしないで下さい。(書く前に気にして!)
       そして雪流さんは大阪人で東京にお邪魔したことはないので・・・地図帳見て書いてますが
       (しかし中学生用日本地図)地理とか夜景とか、かなりいい加減かと。ごめんなさい。
       でもあお様も関西人らしいので、突っ込まれないと信じます。突っ込まないで下さい。
       素敵なリクエストをありがとうございました。
       (背景、上手く固定できてますか?)

                           


                       
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