雪に遠吠え


其れは酷く不調和な光景だった。

雨が雪に変わったというのに、自分のかけたトラップにあっさりと引っかかった挙句に、途方に暮れているように立っている彼を見て、ファイは思わずふ、と笑って窓を開けた。

「黒りん!」

呼びかけると、さもこの世の終わりかのような顔をして此方を見る黒鋼と目が合う。空気は冷たいというのに、似合わないパーカーの中に犬、傍らのボールにモコナ、そして黒鋼。

本当に似合ってない。


「犬なんか拾っちゃったのー?」

「るせえ、置いて帰るよ!」

「そんなん言ってないよー」


魔法を使えば一瞬で彼を使役できるのに、反射的に言い返す黒鋼を見ていると其の誘惑に駆られた。其れを抑えて隠すのには、僅かながら努力が要った。其れを悟られることを恐れて、ファイは開け放った窓から身を乗り出す。其の後は勢い。

三階から街路に飛び降りる。

一瞬目を見開いた表情の黒鋼に微笑みかける。

(脈はあるのかなぁ)

其の表情が、心配というものに似ていて嬉しい。


モコナが飛びついてくる。おっと、と言いながら彼(?)を手に受け止めて笑った。(此の瞬間、僅かに黒鋼の目が鋭くなったことに、ファイは気付かない。)

「拾ってあげたいけど、俺たちじゃ、ね」

旅の途中の世界なのだから。

少しでも此の犬の周りに変化が起きれば、きっと其れは犬にとってストレスになるに違いない。自分達に飼う資格はない。

「・・・解ってるよ」


犬をパーカーから出してやった黒鋼は、其の犬を地面に置く。

犬はファイの手を嗅ぎにやって来て、少し潤んだ目で彼を見上げた。

(・・・知ってんの?)



ひろってください、と書かれた箱をわざわざ宿の前へ。

餌もあげて。

犬が動かないよう準備して。

其の代わり、黒鋼が放っておけないようにした。

犬は何も言わない。



「御免、ね」

何重もの意味を込めて囁く。そして視界の端で何も知らない黒鋼が少し口元を緩めていたから、己の所業に対し吐き気さえ覚えた。


こんなにも深入りしてはいけない。ファイはそっと口元に手を遣る。

約束は必ず違えられる。

人が死ぬ限り。

だから求めてはいけない。

死ぬ以前に裏切られる希望は約束ではない。

(大丈夫)

何時か彼を知らなかった頃に戻るらしいから。


「中入ろう?冷えちゃうよ。」

全てを振り払おうとして、モコナをちらっと見てから、黒鋼を真っ直ぐ見た。

モコナもう少し犬と遊ぶー、と言うから、さらわれちゃ駄目だよ、と呟いてあげると、ファイ悲しいのー?と尋ねられた。即座に振り返ると、モコナはもう既に犬と戯れ始めていた。

「別にそんなこと無いよ」

「そんなら良いけどよ」

間近で聞こえた声に肩が震えるのを感じた。そしてほんの少しの思い上がりに賭けて、こつん、と頭を彼のしっかりとした肩に押し付けるように預ける。しばらくこのままでも良い?と尋ねたファイが犬のことで悲しんでいるのだと彼に誤解させることは容易い。


 
今。

彼に好きだと告げたら。

落とせる自身はあるのに。

自信は、あるのに。

黒鋼が自分の頭を逞しい腕で抱きしめたりするから。


「泣かないよ。」

「黙ってろ。」


言われなくても黙っている。

好き。

離れたくない。

離したくない。




きっと今自分は天水に濡れた犬のような顔をしている。

何故かそう確信した。





               三条朱鷺様から、黒ファイはまり記念。
               同志が増えましたねvv
               初書きでこれって貴方、其の文才を、半分私に下さいな。
               24,25話扉絵からの捏造夢物語(本人談)。素敵・・・・・・。
               地下行きみたいな続きを書いてとか言う言葉が見えますが、無理です。
               できることなら貴方が書いて・・・。(こら)
              
 





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