―――何を 願う

ただここから―――あなたから離れる事だけ

それだけ だった ハズ ・・・?






「・・・い、おい」
ファイが薄く目を開けると、そこには黒鋼の姿があった。
寝ているファイを上から覗き込むようにして見下ろしている。
ファイは軽く身をよじり必死で頭を覚まそうとする。
覚醒したばかりの思考はうまく回らず、一瞬ここがどこであるのかさえ思い出せなかった。
しばし、ぼんやりとしたまま目の前の男を眺める。
(そうだ、オレ達今日この国にきて、で、また黒むーと同室になって、それで・・・)
また思考が止まってしまった。
場所はなんとなく思い出せたものの、眠りにつくまでの記憶がない。
自分はどうかしてしまったのだろうか、と悠長に考えながら周りに目をやると窓の外はまだ暗く
日は昇っていないようだった。
スタンドライトの灯だけがほのかに部屋を照らし出している。
起こされる理由の分からないままファイは眠たい目をこりこすり、黒鋼に問いかけた。
「ん〜・・・何〜〜?」
すると何故か問われた黒鋼の方があっけにとられたような顔をし、罰が悪そうな表情に変わった。
ファイはそんな黒鋼を不思議そうに見つめる。
「何?」
もう一度問いかけてみた。
黒鋼はちらりとファイを見ると、またすぐに視線を外しふっきれたように言った。
「・・・お前、うなされてたんだよ。あんまりうるせぇから起きちまったじゃねぇか」
言われたファイはしばらくぽかんとしていたが、なんとなく頭も醒めて来ると黒鋼に詰め寄った。
「うなされてた?オレが?」
「お前以外誰がいんだよ」
確かにそれはそうだが。
ファイは少しんー、というような顔をして身体を起こすと黒鋼の正面に座り込んだ。
黒鋼は突然のファイの行動に動揺しつつも、そこから進もうとしない相手をうながす。
「何だよ」
「うなされる、ってさ、普通夢とかに・・・だよね?」
自分がうなされていたという事がそれほど不思議なのか、しつこく喰い付いてくる。
「普通はそうじゃねぇのか?」
それに対してぶっきらぼうに答えると、少しからかってやろうかと意地の悪い笑みを浮かべた。
「何の夢見てたんだよ」
うなされるような夢だ。決していい夢とは言えないだろう。
それをわざわざ思い出させようとする黒鋼にファイはいつもの笑顔を向けて答えた。
「忘れちゃった」
そしてくるりと黒鋼に背を向けると、すぐに元居た自分のベッドの中に潜り込んでしまった。
黒鋼はそんなファイをつまらなさそうに一瞥すると自分もベッドに潜り、目を閉じた。

隣同士綺麗に付けて置かれた二つのベッド。
右側には黒髪の、ガタイのいい男が眠っていた。
左側には金髪の、男とは思えないほど華奢な体つきの男が眠っていた。
二度目の、眠り。






暗い。
ここはどこ?
さっきの部屋?
それとも、夢の中かなぁ?
やだなぁ、オレまた夢見てるんだ。
もう見たくないと思ってたのに。

夢も、夢の中のあの人も。

あたり一面真っ暗で、感覚はないが足元に水の感触がした。
足首ほどまで溜まった水は果てしなく続いているようで、歩く度にぱしゃん、と微かな水音が響き渡る。

(あ・・・)

向こうの方に 人影が見えた。
歩みが止まる。
自分の意思ではない、と思う。
しかし足が動かなかった。
それでもその人影は徐々に自分に近づいて、輪郭が見えてくる。
自分じゃなく向こうが近づいてきている。
何故だかその事が酷く恐ろしく思えて後ずさろうとするも足は動かない。
もうすでに目の前の人物は顔がはっきり分かるほど近づいていた。

(アシュラ王―――)

それはファイのよく知った人物だった。
一番尊い存在でいて、一番思い出したくない存在。
いっそ忘れられたならどんなに楽かとよく考えてみたりした。
でも、やめた。
忘れる事も、逃げ出す事も出来ないと分かったから。
自分一人でどうにかしなければならない事だととうに覚悟は決めていた。
しかし―――

(・・・え・・・?)

もう一人、誰かいた。
アシュラ王の後方にもう一つ、人影が浮かび上がっていた。
目を凝らしてよく見てみる。

(黒・・・・鋼・・・・・・?)

予想もしていなかった人物に目を疑ったが、それはまぎれもなく黒鋼だった。
ファイは一瞬目の前のアシュラ王の事を忘れ、黒鋼に手を伸ばしかけた。
―――が、
伸ばした手は黒鋼には届かず、そのままアシュラ王に掴まれてしまった。
ファイはそこでやっとアシュラ王の存在を思い出し、ハッと我にかえる。
今さら腕を引っ込めようとしても敵うはずがなく、逆に引っ張られているような気さえする。

(駄目だ・・・!!)

よくは分からないけれどそう思った。
ただの夢だと分かっているのに、とても恐かった。
このまま引きずられていったら駄目だという衝動に駆られた。
そして、もう一つの危機感。

(!!)

黒鋼が遠のいてゆく。
もう片方の自由な腕を千切れんばかりに伸ばすが、届かない。

駄目だ、嫌だ、駄目だ。
まだ、もう少し、まだ・・・・

お願い・・・・

『―――何を 願う?』

心の奥に響くようなアシュラ王の声。
全てがなくなってしまうような、澄んだ声。
ファイにはそれがとても絶望的な音に聞こえた。
目を見開き、思考は停止し、動きは止まる。頭の中が真っ白になる。

それでも遠のいてゆく人物だけは消えなかった。

(オレは―――)

必死だった。
他に何も考えられなかった。
ただここから離れたくて。
ただこの人から逃れたくて。
――――ただあなたに近づきたくて。

必死で、手を伸ばした。






「おい!!」

さっきよりも荒々しい突然の覚醒。
やはり頭はすぐには醒めず、視線が中を漂う。
(ここは・・・)
淡いスタンドライトの灯だけが部屋の闇を掻き消し、目の前の人物の顔を照らし出していた。
だんだん視界がはっきりしてくる。
そこに居たのは、アシュラ王ではなく黒鋼だった。
「おい、大丈夫か?」
黒鋼の姿を確認して初めてファイは自分が涙を流している事に気が付いた。
一粒だけの涙が頬を伝い、耳元に落ちて冷やりとしている。
「何なんだよお前・・・いきなり泣き出しやがって」
「・・・・」
言葉が出なかった。
ただ呆然と、今までの事を思い出していた。
あれは、夢だ。
そんな事は初めから分かっていた。しかし妙にリアルで、本当に恐かったのを覚えている。
夢で、よかった。
恐怖と安堵が入り混じり、今はそれしか考えられなかった。
服の袖で涙を拭うと二、三回深呼吸をして心を落ち着ける。

今夜はもう眠れそうもなかった。

「黒むー・・・今何時?」
「あ?・・・・5時ってとこか」
「じゃあもう起きとこうかな・・・」
寝不足だなぁ、とぼやくファイに黒鋼が手を差し出す。
いきなり何か分からずに、ファイは疑問符を浮かべて黒鋼を見る。
「・・・あと2時間くらいでも寝とけ。手ぇ繋いどきゃ大丈夫だろ」
昼間寝られたんじゃ迷惑だからな、と付け足すがその顔は耳まで赤い。
そんな黒鋼に思わず吹き出してしまう。
「なっ・・・///もう繋いでやんねぇぞ!?」
「あ〜、ごめんごめん。繋いで?」
にっこりと微笑んでひっこめかけていた黒鋼の手を握る。
その手はとても暖かくて、あんな夢も忘れてしまいそうだった。

(夢―――)

実際忘れかけていた夢を思い出し、また微笑ってしまう。
恐がることはなかったんだ。

あのとき伸ばした手はちゃんと届いていたから。






             『sky cloud』さんの4000HITを踏んで
             リクエストさせていただきましたvv
             黒ファイでアシュラ王絡みというリクエストで、
             こんなに素敵なものを書いてくださいましたvv
             「繋いで?」っとか!!
             駄目です、ファイさん可愛すぎです・・・。
             揺れる心に萌えまくりです。
             黒鋼の手は大きくて暖かいんでしょうね・・・。
             夢の描写もとても綺麗です。
             月影様、ありがとうございましたvv




                         
BACK